2014英国観劇旅行
 
  No. 8 Henry W Part 1 & No. 9 Henry W Part 2 
  『ヘンリー四世・第一部』&『ヘンリー四世・第二部』     
No. 2014-33-08 & 09
 

今回の英国観劇ツアーの企画もこの公演を柱にすべての演目、日程が組まれた今回最大のお目当ての公演。 
座席も1階(ストール)の最前列で、舞台前方部の側面(正面から見て下手側)の場所でほとんど死角もなく、最後を飾るにふさわしい大満足の舞台であった。
アントニー・シャ―演じるフォルスタッフの余韻が強過ぎて、日本に帰ってからも数日間、何も書けなかった。 
観劇の終わりに近づいたThe White Devil以後、このHenry W二部作については、観劇中は勿論のことだが、観劇後英国滞在中での感想メモも一切ない状態なので記憶違いもあると思うが、余韻を味わいながらこの観劇日記を記すことになる。 
一部二部を通して主要人物が同じキャストで演じられるので、感想は二つを一緒にまとめる。

第一部の開演では、ヘンリー四世が大地にひれ伏すようにして舞台中で両手を前方に伸ばして伏せっている。 
舞台奥では僧服姿の人物が数名立っていて、祈りの声が響き渡っている。(舞台奥ギャラリーに、リチャード二世の亡霊がいたと同行のSさんが言っていたが、自分は不覚にもまったくそれには気付かなかった)
この緊張感のある第1場の後、舞台が一転して王子のハルとフォルスタッフが女郎屋で女たちと寝ている場面に移る。 
女たちが最初に起き上がって引き上げていき、次にハルが起き、フォルスタッフがやおら起き上がってきて「いま、何時だ?」と聞く。
このフォルスタッフの姿がまた特徴的である。 
梅毒におかされた身体は歩くのももどかしくよたよた歩きで、中風で物を持つ手が小刻みに震えているという老体姿で、酒にいやしく、他人が飲んだ酒の残りかすを集めては自分のコップに注いで飲む。 
座席が最前列ということもあってこのようなフォルスタッフの細かい所作がすべて見えたのも幸運であった。 
一方、若者の代表であるハルとホットスパーは元気溌剌、はじけるような動きを見せる。 
トレヴァー・ホワイトが演じるホットスパーは、喜怒哀楽を表に出す抑えの効かない気性の激しい人物を好演。 
ハルを演じるアレックス・ハッセルは、演技中勢い余って滑って転ぶという思いがけないハプニングがあり、それを仕組まれた演技のようにしてカバーすることで観客に笑いをもたらしたりもした。 
居酒屋の場で、フォルスタッフとハルが王と王子の役を入れ替わってやるとき、フォルスタッフが他の者を追放しても自分だけは追放しないでくれと言った時に、ハルはしばらくの間沈黙を続けて、‘I do’と言って間を空け、’I will’と言う時の台詞が、冷たく凍りつくようにして耳に残り、第二部の終わりの部分を知っている者にとっては、その部分が二重写しになって胸に迫るものがあった。 
原作を忠実にたどるだけでなく多少のおひねりを交えた演出でおやっと思わせたのは、この場面の少し後で、州長官がフォルスタッフ一味をギャッツヒルでの追いはぎ強盗の罪で追ってやって来たとき、ハルは皆をかくまうが、逃げ遅れたバードルフがつかまって連行されようとすると、ハルはそれを阻止して州長官の頬をなぐる。 
この場面は実際には高等法院長に対してなされる行為であるが、それをこの場面で可視化して演出している。 
居酒屋の女将クイックリーを演じる、面長で、細面で、痩身で、老体のパオラ・ディオニソッティの演技が何とも言えずよかった。 
第一部では、ハルとホットスパーの一騎打ちの場面の殺陣も圧巻であった。 
両者互いに両手に剣を持ってその剣を交互に打ち交わすところは迫力満点で、しかもそれが相当長く続き、息を呑む思いであった。 
有名なフォルスタッフの「名誉」についてのカテキズムの台詞も印象深いものであった。

第二部では、冒頭の「噂」がプロローグとしての噂を語り終えた後、そのままノーサンバランド伯爵家の門番役を務める。その「噂」は、舌の絵のついたTシャツ姿で、軽妙な口ぶりで台詞を語ったのも印象的であった。
第二部の見どころとしては、いずれもフォルスタッフが登場する場面であるが、高等法院長とのやりとりで法院長の質問や詰問に対してフォルスタッフが巧みに話しをそらして気を殺いでしまう、そのズレが面白い。 
イーストチープの居酒屋では、クイックリーを傍にしてドルを抱いているフォルスタッフの姿は、そのまま額縁に嵌めて絵になるような光景であった。 
この居酒屋のシーンでピストルが闖入してくるが、彼の風貌が奇抜で、髪の毛をぼうぼうに逆立たせ、少しオーバー過ぎるほどのアクションだったのは酔狂が過ぎた感じであった。 
シャロー、サイレンスが登場するグロスターの場面もこの第二部の見せ場として大いに楽しませてくれた。 
頭のてっぺんに髪の毛がたったサイレンスがぼそっと舞台の端に登場してきたとき、この人物は何だ?と一瞬思わせ、彼のひょうひょうとした所作、そして発作的に歌を歌い出すところなど面白く感じた。 
ハルがヘンリー五世としての戴冠式のパレードで舞台の花道から華やかに厳かに登場してきたとき、嬉々としてフォルスタッフが王に声をかけるが、「私はお前など知らない」と冷たく無視され、その後、声高に「私は長いあいだこういう男の夢を見ていた」という長い台詞を言い放つ、その時のフォルスタッフの姿が急に小さく見えたのが哀れ。 
フォルスタッフを演じるアントニー・シャーの背丈は誰よりも低いが、演じている間はその小柄さを感じさせないのは、胴周りを太くした役柄だけでなく、彼の演技そのものが彼を大きく見せているのだが、ここでは本当に小さく見え、哀れさがひしと感じられた。 
この場面では第一部でハルがフォルスタッフに言い放った’I do’、’I will’の声が木霊して帰ってくる感じであった。
原作の終わりにはエピローグがあるが、この舞台ではエピローグの代わりに、少年俳優が演じるフォルスタッフの小姓が舞台中央の前部に登場してきて沈黙したまま立ち、そのまま舞台が暗転して終わる。 
小姓の衣裳が赤いので、それだけ残像が鮮やかに目の中に残って印象深いものとなった。 
第一部と第二部合わせて6時間半近い上演をマチネとソワレに分けて観たわけだが、最後の演目を堪能しきった。感動に溢れる舞台であった。

上演時間は、第一部が休憩20分を入れて3時間(13:15−16:20)、第二部が休憩20分を入れて3時間15分(19:15−22:30)。

 

<私の感激満足度> ★★★★★ (第一部、第二部とも) 
<キャステイング> 
ヘンリー四世:ジャスパー・ブリトン(Jasper Britton)
ハル:アレックス・ハッセル(Alex Hassell)
フォルスタッフ:アントニー・シャー(Antony Sher)
ホットスパー:トレヴァー・ホワイト(Trevor White)
クイックリー:パオラ・ディオニソッティ(Paola Dionisotti)
シャロー:オリヴァ―・フォード・ディヴィズ(Oliver Ford Davies)
サイレンス:ジム・フーパー(Jim Hooper)

 

(作/ウィリアム・シェイクスピア、演出/グレゴリー・ドーラン(Gregory Doran)、
8月23日(土) 昼と夜、ロイヤル・シェイクスピア・シアターにて観劇。
チケット代:(一部、二部とも)40ポンド、プログラム:各4ポンド、
座席:(昼)1階(ストール)A列79番、(夜) 1階(ストール)A列77番)

 

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