シェイクスピア劇を原文で読み始めた頃の7つの約束事
原文の意味を確認するために、チューターが参加者に幾つかの心得を守ってもらうようお願いしたのは、順不同でつぎの7つ約束事であった。
1)絶対に翻訳はしないようにしてほしい。シェイクスピア作品の翻訳書があれば、押し入れにしまって、絶対に参照しないこと。予習段階での翻訳や対訳の参照は百害あって一利なし、である。これには今でも雑司が谷の森では厳し過ぎるという反論があるが、シェイクスピアの英語に慣れることを目指すには、予習の段階では今でも譲れない学習条件である。ただし復習で対訳などを参照することは無益ではないと考えている。
2)原文の意味を確認するために、従来やってきたような、原文の行を前後して行きつ戻りつして訳すことをしないで、直読・直解式で日本語にして読み下しをしてほしい。従来の英語学習では、日本語として正確で立派な訳文をつくる英文解釈の方法が採られてきた。これに慣れてきた学習者には、現代英文を読むにも、この直読・直解式の読み下しに切り替えることは、なかなか大変である。まして、シェイクスピア劇でそれが可能なのか。当初は、訝る声もあったが、試してみると、だんだんと要領が身につくようになり、半年ほどで、多くのメンバーがこの読み下しに慣れてきた。
3)予習では、まずテープで何度もドラマを聴くことから始めること。
毎回の例会では前回に読み進めた箇所をテープで聞いてから、その日の例会を始めた。例会でも、RSCなどのシェイクスピア俳優によるスタジオ(またはステージ)録音テープを聴くことから始める。
4)朗読には、通じる(いわゆる communicative English)をめざして、現代英語の発音とイントネーション、ブレス(息つぎ)を正しく行なうよう努める。通じる英語とは、必ずしも流暢な英語ではないが、これも、日本の従来の英語教育では重視されなかったために、未だに実践目標である。
5)注釈書にはイギリスで出版されたものから選ぶので、日本語で書かれた注釈書はできるだけ見ないようにする。意味が理解できないところは、そのままにして例会に臨んでかまわない。安易に翻訳や対訳などを参照するよりも、その方がはるかに学習法としては有効である。あくまでも原文と対峙することが大切である。
6)英和辞典(翻訳辞書)は使わずに、できれば、英語辞典(いわゆる英英辞典、とくに Advanced Learner's Dictionaryやコウビルド英英辞典など)を使うようにすること。さらにシェイクスピア語彙辞典(グロッサリー)を丹念にひいて、シェイクスピア英語の基本語の意味と用法を調べること。(たたし固有名詞を確認するには英和大辞典などをひく。)
7)大型(A4判、いわゆる大学ノート)で単語ノート(いわゆる「ボキャビル・ノート」)を作ること。英語辞典をひくことと合わせて、これを23年後の今日でも実践している当初からのメンバーが雑司が谷の森に二人いる。
ただ、森が広がりを見せて、ミドル、シニア世代がシェイクスピア作品を楽しむために参加してくるようになってから、これらの約束事を厳密に守るよう要求することが適切かどうか、チューターとしては迷っている。特に柔軟に対応すべきだと思うのは、予習段階での翻訳の参照である。英文学を専攻しなかった参加者には、Hamlet などのような難解な作品ほど、予習の段階で翻訳や対訳を参照しないと原文の構成が読み取れないという人も少なくない。その反面、かなり現代英語に習熟し、注釈書も読みこなせる人たちは、日本語を使った訳読は不要であり、シェイクスピアの原文は原文のまま味わうべきである、と言う意見を持ち、台詞のリズムや語法の特徴から登場人物の心理まで読み取ろうとする。
さまざまなシェイクスピアの楽しみ方とシェイクスピア作品への期待や要求を持って集ってくるだけに、ひとつひとつの作品を読み進めながら、それらをどう調整するかが依然として大きな課題である。そのような調整には、よきコーデイネイターが不可欠である。自由な意見交換をすることが大切である。会読で感じたことをチューターから発信するためにも、グループごとに週刊または隔週のニューズレターを発行してきた。雑司が谷の森で出してきたニューズレターは、Macbeth を読むことから始めたので「ばーなむ」と命名したが、今年の1月で1000号を越えた。Hamlet を読むことから出発した多摩の森のニューズレターの「えるしのあ」も三つのグループに週2回刊で発信してきて600号を越えた。町田の会の参加者には同会の会報とは別にチューターが個人的に発信している「沙楽〜さらく」も170号になっている。
2000年にはいってから、雑司が谷の森がメンバーの宮垣弘さんのご努力でホームページを開設したことにより、新たな交流の機会が拡大された。Yokohama Shakespeare Group(YSG)の座長の瀬沼達也さんとの出会いもホームページがきっかけだった。瀬沼さんが提唱して実践しておられるシェイクスピア原文によるdramatic reading は私たちの会読のあるべき目標のひとつでもあると考えて、交流を深めている。
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