君が私のことを軽く見積もり
私の取柄を軽蔑の眼で見る時が来れば、
私は君の味方をして、私自身と戦い、
君が誓いを破っても、君が正しいと主張しよう。
私は自分の弱点をよく知っているので
君のために話を作り上げることができる。
私は人に知れない罪で汚れていると
私自身を損なうことで、君は大いなる称賛を得られる。
そのことで私も利益を得るのだ、
なぜなら、私の愛情をすべて君に捧げているので、
私が自分に加える危害によって
君の利益となれば、私には二重の利益となるのだ。
私の愛はかくも大きく、私は君のものであるので、
君が正しいとするために私はすべての罪を被ろう。
【私の鑑賞】
49番で謳った『その時が来れば』のその時とは、青年と詩人の別離の時。
二人の別離の原因をすべて自分に非があるとして詩人が引き受けようとする。
詩人は青年にすべての愛を捧げているので、詩人と青年は一体である。
だから詩人が自分に加える危害が青年にとって利益になるなら、自分にとっても利益になるという。
詩人の愛はかくも大きく、青年の正義のためには進んですべての罪を被ろうとする。