私の眼は画家を演じて、君の端麗な
容姿を私の心の画版に刻みこむ。
私の体は画版を支える画架、
透視画法こそ画家の最高の技術。
君は画家を通してその技術を見なければならない、
君の描かれた本当の姿がどこにあるかを見つけるために。
私の心の画廊にはいつもそれが掲げられ、
画廊の窓には君の眼というガラスが嵌められている。
今こそ眼が眼のためになした友愛の行為を見よ、
私の眼は君の姿を描き、君の眼は私のために
心の窓となって、そこから太陽が
覗き込み、そこにいる君を見つめて悦ぶ。
だが、眼はその作品を仕上げる技術を欠いている、
眼は見えるものだけを描き、その心を知らない。
【私の鑑賞】
私の眼は画家の眼となって、君の容姿端麗な姿を私の心に描く。
その絵は当代最高の技術、透視画法の技法でもって描かれる。
だがそこには透視画法の「だまし絵」としてのからくりがある。
眼は眼に見えるものだけしか描かず、その心までは描いていない。
美しい外見と、見えない心のうち。
その透視画法のからくりに、詩人の不安が読み取れる。