魂の遍歴 第一の唄 ダンの部屋トップへ戻る

 

1

私は不滅の魂の遍歴を謳う、

神に造られはしたが、支配されることのない運命の女神が、

さまざまな形に定めた魂を。法律が

我々を拘束する以前とそれ以後のすべてにわたり、この詩に謳う。

この偉大な世界を、その老いの夕暮れ時までを、

夜明けの幼児の時代から、男盛りの真昼時を通じて、描き出す。

金の時代のカルデア人(注:1)、銀の時代のペルシア人、

銅の時代のギリシア人、鉄の時代のローマ人が見たものが、この一篇にある。

煉瓦と石でできたセトの柱(注:2)より長持ちする作品、

 そして(聖書を別にすれば)どんなものにも劣らない。

 

【訳注】

注:1 カルデア人は、チグリス、ユーフラティス川流域から起こり、バビロニアを支配した古代セム人。占星、占いに通じていた。

注:2 セトの柱=ユダヤ人の歴史家ヨセフスによれば、アダムの第三子セトの子どもたちは、彼らが発見した天文学の知識を後世の人に残すため、煉瓦と石の柱に記した。

 

2

天空の目(注:1)よ、この偉大なる魂はおまえに嫉妬などしない、

この世はすべて、おまえの男性的な力で生まれたものであるが。

おまえは真っ先に東の空に輝き、

早朝の香油と、東インドの島の胡椒を食し、

やがて緩んだ手綱で勝手気ままに疾走し、

タホ、ポー、セーヌ、テムズ、ドナウで昼食をとり、

夕べには黄金の西インドを見るが、

それでも魂ほどには多くの国を見ていない、

魂はおまえが生まれる一日前から存在していた、

 そしておまえのか細い光が消えた後も、おまえより長く、長く生き続ける。

 

【訳注】

注:1 天空の目は、太陽のこと。

 

3

聖なるヤヌス(注:1)よ、あなたのりっぱな箱舟の中には

教会や、あらゆる王国が浮かんでいた。

それは泳ぐ学校であり、すべての人類にとっての

無償の病院であり、鳥や獣の

檻でもあり飼育場でもあった。その子宮の中に、運命が

我々と最も身近な子孫たちを植え付けた。

(そこからすべてのものが生まれ、この世をすべて満たした)

あなたはそこで大いに執事ぶりを務めたが、

その浮かぶ公園にそれほどさまざまなものを乗せはしなかった、

 この天の火花(注:2)によって動かされ、形造られたものの数ほどには。

 

【訳注】

注:1 ヤヌスはノアの比喩で、頭の前後に顔を持って同時に両方を見ることができたヤヌスのように、ノアも洪水の前後の世界を見ることができたことを象徴する。

注:2 天の火花は、不滅の魂を指す。

 

4

偉大な運命よ、あなたは神の代理人として、 

すべてのものに、道筋と期間を

定められてきた。あなたは、我々がこの世に生まれ出るや、

瞬時に我々が辿る道と結末を見抜かれる。

あなたはすべての因果の結び目であり、眉一つ動かさず、

笑いもしなければ、怒りもしない。あなたの永遠の書物の中にある

私の物語を見て、安全を請け合った上で、それを見せて下さい。

(私の祈りが叶うようであれば)私は自分自身を

よく理解することができ、いかなる手によって、

 私のこの人生行路が貧しくもなり、豊かにもなるかを知ることができる。

 

5

私は五年ごとの清めの式(注:1)を、はや、六度繰り返してきた。

あなたの本が私にその長さ以上に負うのでないとすれば、

また、私の生涯の物語が、

高望み、眠気を催す貧困、

魂の火を消すような病気、退屈な捕囚の身、

気忙しい仕事などの障害から自由でなく、また、美人の罠や、

この詩を書く仕事から私を誘い出し、他の刺激の誘惑から自由でなければ、

私を船出させずに、頭脳と心を浪費することから私を

救い出してほしい。そうすれば、私の墓を

 当然の権利として、健全な人が所有できるというものだ。

【訳注】

注:1 5年ごとの清めの式とは、古代ローマにおいて5年ごとの人口調査の後に行われたもので、この詩を書いた時ダンは数え年で30歳であったことを示す。

 

6

だが、私の一生が長く、幸福なものであるなら、

この海(注:1)が増大し、荒れ狂っても

無駄なことだ。私は波や泡を乗り切り、

ひとり淋しい道を、元気な心で

暗くて重い詩を、明るく、軽いものにする。

多くの海峡を通り抜け、多くの国々を巡るけれども、

楽園から船出し、目指すは故郷への航海である。

そこから始めて、ここに戻ってくる。

そこで帆を揚げ、ここで帆を降ろす。碇を降ろすのは

 テムズ川だが、碇を揚げたのはチグリスとユーフラティス(注:2)だった。

 

【訳注】

注:1 海は、詩を書く行為を比喩した表現。

注:2 チグリスとユーフラティスの二つの川は伝統的に楽園の象徴であった。

 

7

というのは、かの偉大な魂(注:1)は今ここに、我々の中に

住んでいて、その手、舌、眉を動かすことで、 

月が海を動かすように、我々を動かす。その方の

物語を聞くのは、しばらく辛抱していただこう。

(というのは、それは私の唄の栄冠であり、最後の調べであるからだ)

この魂はルターやマホメットの

肉体の牢獄にいたことがある。

帝国を引き裂き、崩壊させ、ローマを再建したように、この魂は

大きな変化が起こるときにはいつもそこにいたが、

 初めは楽園の中(注:2)で、地位の低い、宿命的な部屋に住んでいた。

 

【訳注】

注:1 「偉大な魂」は、エリザベス女王についての言及であるといわれるが、ベン・ジョンソンはカルヴィンであると考えていた。その他の人物の可能性として、ロバート・セシルや、詩人自身ことであるともいわれている。

注:2 魂は最初楽園の林檎の中にあって、植物という低い階層の中であったが、それはエヴァによってもぎとられ、この世に死をもたらすという運命にあった。

 

8

しかし、卑しい処でもなく、最も偉大な場所にも劣らない処に、

(敬虔にして鋭敏なる人がふさわしく考えるように)

我々の喜びであり、悲しみでもある十字架が、

いつでも、どこにあってもすべてであった者、

罪を犯すことはないが、すべての罪を担った者、

死ぬことはできないが、死を選ばざるを得なかった者を釘で縛って、

ゴルゴタの丘に立っているように、

その同じ場所に初めから禁断の智恵の木が生まれていたなら、

神の意志によって造られたこの魂は、

 その木にぶら下がったまま安全に、もぎ取られることもなかった。

 

9

果樹園の貴公子よ、明けゆく空のように美しく、

掟の壁に守られ、生まれるやいなや実が熟し、

成長する林檎よ、この魂に元気を与えられていたが、

それまで高い処に上っていた蛇(注:1)が、(今では地を這うのは

犯した罪のため、その罪ゆえに全人類が泣くことになるのだが)、

おまえを取って、人類最初の男が妻にした女に

(彼女とその子孫を駆り立てるのは禁じられたことだけだ)

与え、女は夫に与え、二人はともに食べた。

それで食べた二人も、林檎も死んだ。

 それからというもの、我々は(血を汚した罪ゆえに)働いて汗を流して死ぬよう   

  になったのだ。

 

【訳注】

注:1 「主なる神は、蛇に向かって言われた。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう」(『創世記』3章14節)

 

10

男は突然そこで女に殺され、

我々男性はここで次々と女に殺される。

母は水源に毒を盛り、

娘たちは支流の我々を堕落させる。

小さなものも逃れられず、大きなものも網を破れない。

母は我々を追い出し、女性によって我々は

追放された処に戻る道を迷わされる。

囚人が裁判官であったなら、それはいかにも厳しく見えるだろう、

女が犯した罪を、我々が耐えねばならぬとは。我々の苦しみの一端は、

 女を愛し、その女の過ちがこの切ない愛の軛にかけたことにある。

 

この堕落が我々の中で急速に成長していくので

どうしてそうなるのか今こそ問い質さねばならない。

神は(と、詭弁を弄する反逆者が異議をさしはさむ)法律を

作っておきながら、どうしてそれを守らせないのか。

それとも神の被造物の意志が、神の意志に逆らうのか。一人の罪のために、 

神はすべての者に報復するのか(それは正当なことなのか)。

誰が罪を犯したのか。それは蛇に禁じられていなかったし、

ましてや彼女は、その時まだ造られてもいなかった。

また、アダムが刈り取ったとも、林檎を知っていたとも書かれてもいない。

 それなのに、蛇も、彼女も、彼も、我々もそのことに耐えなくてはならない。

 

12

天の聖霊よ、私を救い出してくれ、この愚かな

罪の虚しさを数え上げることから。得るものは少なく、

危険の方が大きいのだ、罪なことを考えるのは。

それが善意からであろうとも。そのような連中の理屈など、

遊び好きな子供がストローで上手に引き伸ばしても 

弾けてしまうシャボン玉のようなもので、

自滅してしまうものでしかないのだ。

議論は異教徒の競技であるが、レスラーのように

訓練することで上達する。言論の

 自由ではなく沈黙が、舌ではなく手が、異端を黙らせるのだ。

 

13

蛇が掴んだまさにその時、

細い葉脈と柔らかな導管が断ち切られた、

そこを通してこの魂が木の根から命と成長力を吸い上げては、

林檎に与えていたが、解放された魂は、

そこから逃げ出し、一両日が過ぎた。

人がそれを見たと言えないほど早く消え去る

稲妻のように、(感覚の法則は

信仰より確かな証拠を要求するが)魂は素早く

暗い沼地へと飛んで行った。魂の運命は

 大地の孔を潜り抜け、新たに、ある植物(注:1)に魂を宿した。

 

【訳注】

注:1 ある植物とは160行で明らかにされるように、マンドレークのことを指す。

 

14

こうして力を得たこの植物は、無理やり

場所なきところに、自分の居場所を作った。自然の法則では

空気は水から、水は水より濃い物体から

流れていくように、この根に押されて

海綿状の領域はその植物が蔓延る場を与えた。

それはちょうど、我々の街路で人々が

王様を一目見ようと道に溢れて、

イタチですらも通り抜けできないほどなのが、女王様が近づくと

押し合い圧し合いして道を開けるが、

 まるでその時だけ、丸く太った身体が平らになったかのようだ。

 

15

この植物は右腕を東に向けて伸ばし、

左腕を西に向けて伸ばす。両腕の先端は

十本の細い糸状に分かれるが、それは指であった。

ベッドで身体を伸ばしてまどろむ人のように、

こちら側には右足、あちら側には左足を投げ出し、

つま先でその足を持ち上げている。

その中央部には、最初の日から毛が生えていて、

恋の商売では手広くやっていることを示し、

この植物は、良きにつけ、悪しきにつけ用いられる。

 その実(注:1)は情欲を掻き立て、その葉は流産を促す。 

 

【訳注】

注:1 マンドレークは、二股に分かれた人体に似た形をしており、媚薬、下剤、懐妊促進剤とされた。

 

16

口はあるが、しゃべれない。目も見えなければ、耳も聞こえない。

細い髪の毛が肩まで垂れ下がっている。

若いアポロ(注:1)の巨像のように直立不動で立ち、

その大地を彼が征服したかのように、

頭上には葉の冠を戴き、

冠には赤く輝く小さな実が散りばめられ、

その赤みに較べれば、君の恋人の唇は白いと言えるほどだ。

そのような姿で、人気のない淋しい場所を占領し、

この魂の第二の宿は、その来客によって建てられ、

 生きたまま埋葬された人、口を利かぬマンドレークを休めている。

 

【訳注】

注:1 若いアポロの巨像は、紀元前三世紀にロドス島に建てられた巨大なブロンズ像。

 

17

好色な女がこの植物を痛めるために来ることはなかった。

それはエヴァよりほかに女がいなかったからに過ぎない。

彼女は(他の目的で)その植物を殺した。

彼女の罪が病気をもたらしたので、

彼女の揺籠(注:1)に入れられた子どもは、赤く泣きはらした目をして、

光を見てからというもの、閉じることもなく、眠ることもなかった。

彼女はケシを知っていたし、マンドレークの効用も知っていた。

それで二つとも引き抜いて、彼女の子どもの血を冷ましたのだった。

効用のない草であれば、長いこと誰にも悩まされずにすんでいただろう。

 だが、死によって善を為す者の命は短い。

 

【訳注】

注:1 揺籠に入れられた子どもはカインのことで、それは「所有する」が本来の意味であるが、「いつも泣いている」という誤った意味でとられていた。

 

18

足枷の外れた魂の素早い敏捷さに較べれば

流星も、心の思いも、鈍(のろ)いものだ。

焼けた空気(注:1)より薄いこの魂は、飛び去っていく。

四度来ては、四度去って行った太陽は

マンドレークの借家人を見つけ、そのまま置き去りにしたが、この魂は、

変化をものともせずに、自由に見えても、

その堅い運命が、閉じ込めて拘束していたにもかかわらず、

小さな青い殻へと走り込んだ。哀れな親鳥が

その殻を温めるために羽根を広げて、いつまでもじっと座っていたが、

 ついに殻に閉じこもっていた雛鳥がそれを蹴破って、自分で出口を開けた。

 

【訳注】

注:1 「焼けた空気」とは煙のこと。

 

19

出てきたのは雀、魂の動く宿であった。

生まれたての両腕にもう硬い羽根が生え始めた、

乳歯が痛みを伴って歯茎から生え出てくるように。

身体はまだジェリー状で、骨は糸のよう。

口を開ければ、その口は彼が今まで住んでいた家を

すっぽり飲み込むほど。その第一声は、

食べ物を求めて大きな声で鳴くことだった。人間にふさわしい食べ物を

盗んできては、父親は雛鳥に食べさせてやったが、

 一か月もすると、雛鳥は父親を雌鳥から打ち払うのだ。

 

20

この世が若かったとき賢い自然は急いで事を為し、

物事の成熟も早く、長生きした。

この盛りのついた雄鳥(注:1)は、早や、藪の中、木の上、

畑や小屋の中で、手近にいる雌鳥を羽根で押さえつけた。

彼は野暮なことは聞かない。いつ、誰とやったかとか、

自分の妹や姪であろうと頓着しない。

彼女の方でも彼の不実に不満をたてない。

彼女の目の前で心変わりしようと、次の求めを

拒否されようと。両者とも自由を楽しむ。

 雄雌が沢山いれば、自由に選ぶことができるのだ。

 

【訳注】

注:1 雀は好色であると信じられていた。

 

21

人は、自由を制限する法律を得るまでは、

自分の娘や姉妹とも交わった。

それまでは背徳でも、悪いことでもなかったのだ。

この魂はとても活発で、

情欲の赴くままに身体を動かすことができたので、

今では自己保存することも忘れ、

節制を守る魂と身体の結び目も

緩んでしまった。女友達に惜しげもなく

血と霊、精髄と骨の髄まで使い果たし、

 自己管理も忘れて、三年で身を滅ぼした。

 

22

そうしなければ雀はもっと長生きできたものを。人は

モチの木の粘液質の樹液のことや、

それを使ってトリモチを作ることや、囮(おとり)の声を使って

誘(おび)き寄せることや、網を張り、罠を仕掛けて、

しなやかな大気の中を自由に飛び回るものたちを捕える術(すべ)を知らなかった。

男は孕ませるために、女は孕むために

木の根も、雄の雀も必要としなかった。

雀はこのように恐れるものは何もなかったのに、

束縛された二十年を生きるより、

 三年間楽しく生きて、子孫を増やし、自分を消耗する道を選んだ。

 

23

この石炭は吹き過ぎて火が消え、消滅した。

魂は彼女の活発過ぎる器官から

小川に逃れていった。雌の魚の砂状の卵は

雄のジェリー状のもので受精したが、それは

二匹が通り過ぎるときに互いに触れ合ったからで、

その小さな卵の一つに、

この魂がそれにふさわしい形相を授け、

魂が付与した鰭の櫂を使って自力で泳ぐ力を与えた。

その鱗はまだ羊皮紙のように見えた。それは

 魚のようではあったが、名前で呼べるようなものではなかった。

 

24

その時、満艦飾り立てた船のように立派な白鳥が、

その白さときたらどんな真っ白なものも

較べようのないものだが、その白鳥が

滑るようにして泳いできた。泳ぐときにはよく見ていて、

その曲がった首でこの哀れな魚を捕まえた。

白鳥は堂々として泳ぎ、小物に対しては

無視するかのようであったが、魚が

追われているのに気付く間もなく一呑みにし、

あまり速く泳ぐものや、大き過ぎるもの、武装したものを除き、

 そこにいる魚すべてを、憚ることなく貪り食った。

 

25

今では牢獄は牢獄の中で泳ぎ(注:1)

魂は二重の壁に閉じ込められたが、

白鳥の消化の炎でそれが融けると、

魂は気体となって魚の家から飛び去った。

運命は魂にそれ以上の身体を与える準備が

まだできていなかったので、再び

別の魚の処に戻るように命じた。それで魂は

新たな欲望の新たな犠牲となるしかなかった。

抵抗もできず、文句も言えないものは、死ぬしかないのだ。

 弱者は圧制を招き、沈黙はそれを歓待することになる。

 

【訳注】

注:1 魂は魚という牢獄に閉じ込められ、魚は白鳥という牢獄に閉じ込められた。

 

25

この魚は生まれ故郷の川を下り、魂と一緒に

鏡のように穏やかな海原に向かって旅をした。

だが、ときに邪魔が入ったりもした。それは大きな網目の

仕掛け網であったが、初めこの罠は空腹という必然性から

食料を捕えるために考え出されたもので、

今のように、貪欲にすべてを逃がさないように

入念には作られておらず、食べるに必要なだけを

捕まえるためのものであったが、

この罠に獰猛なカワカマスが掛かると、

そいつは自分が困難な立場にあっても、嬉々としてこの魚を殺そうと

 するのだった。悪習はかくのごとくなかなか抜けぬものだ。

 

27

小さかったおかげで魚は二つの死から免れた。

一旦は何も知らずに逃れ(注:1)、次には圧制者を見捨てて去った。

網を潜り抜けて泳ぎ、魚は流れに乗って進んだ。

魚はときどき呼吸するために跳び上がり、

空中で空気を吸うためか、水の中で空気を探すためか、

粉砕機か蒸留器のような器官が

水を薄めて空気のようにするためかなど、信仰は

頓着せずに、魚は安全な場所を求めてやってきた。

そこは真水が海水と交わるところで、

 魚はどうしてよいか分からず、右往左往した。

 

【訳注】

注:1 仕掛け網(網目が大きいのでその存在に気付かなかった)とカワカマスの餌食になる危険から逃れたこと(カワカマスは網にかかって捕まった)。

 

28

水は、客人を匿うことからほど遠く、

客人を実際の数より多く見せるものだ。

こうして魚が道を迷っているとき、

空腹のためではなく、遊びの感覚で都鳥が、

人を欺くこの眼鏡越しに、高みから、

思案に暮れているこの愚かな魚を見つけ、

迷いを終わらせようと連れ去った。

魚は高い処に昇ったが、それは引き上げた者の得になるだけだった。

身分の低い者が偉い人に引き上げてもらうようなもので、

 引き上げられても、引き上げた人の道具になるか、餌食となるだけである。

 

29

魚のようにひどい目に遭うものがほかにあるだろうか。

魚は、人に害を加えることもなく、それを望みもしない。

魚は、漁師を殺すこともしなければ、騒音で目を覚まさせることもしない。

魚は、狩りもしなければ、獣を餌食にすることもなく、

獣の子を連れ去ることもしない。

魚は、鳥を追い立てることもせず、

小鳥が一所懸命に拵えた巣を損なうこともしない。

それなのに、薄情な種族がこぞって魚を食べるのだった。

魚を殺すのは職業として認められ、

 法律が断食と四旬節を定めて魚の破滅を招いたのだった。

 

30

ちょうどその時、一陣の風が陸から吹き寄せ、

魚を食らったこの鳥を沖の方へと押しやった。

鳥はおかましなしにやすやすと飛んで行き、

その姿は、肥えた大食漢の最高の弁士のようだった。

あまりに長く、あまりに速く、何千マイルと海上を

飛んだので、今は疲れ果てて横たわったが、

もはや魂の敵でなくなった両者は二手に分かれたので、

私は魚の後を追い、もう一方については記録していないが、

 鳥は、今頃はどこかの偉い役人の腹の中で生きていることだろう。

 

31

次に、我々の魂は魚の胎児に投げ込まれ、

時満ちて再び外へと押し出され、成長して

巨大な姿になり、それはあたかも

ギリシアから、モレア(注:1)が地震か何かで切り離され、

根なし草となって漂流するようでもあり、

あるいは海がアフリカ大陸から切断して、

引き裂いた希望の岬のようでもあった。

この魚はそのように見えたが、すべての希望が失われた時、

転覆したか、帆を失って漂流する巨大な船のように、

 この鯨(子供であったとき)は見えた。

【訳注】

注:1 モレアは、ギリシア本土南部のペロポネソス半島の中世の呼称。

 

32

この鯨が真鍮でできた鰭を振る度に、

砕かれた海にできる幾重もの渦が立てる音は

大砲の音より凄(すさ)まじく、大気を引き裂いた。

彼の肋骨は柱であり、高く盛り上がった背中は

鋼も鈍る硬い皮膚に包まれ、雷に打たれても平気だった。

鯨に呑みこまれたイルカは彼の中で泳ぎ、恐れることもなく、

壁を感じることもなく、鯨の巨大な腹は

内海であるかのようであった。鯨は進むたびに、

大河を噴き上げ、それはまるで

 地上の海と天上の海を合体させるかのようであった。

 

33

鯨は自分では魚をとろうとしないが、

役人のように、宮廷で網を張り、そこに

あらゆる種類のあらゆる請願者たちが来て、網にかかるのを待つ。

そうしてこの気ままな鯨は仰向けになって、

渦巻きのような喉に、近くを通るものすべて

呑みこんでしまう。魚は魚を追い、すべての

追うものと追われるものが、この渦に巻き込まれていく。

ああ、人の身分はもっと平等に

ならないものか?このことは必然なのか、

 千人の罪のない弱者が、一人の偉い者のために死ななければならいとは。

 

34

今や、鯨は海を飲み干し、魚の群れを食い尽くし、

島々を押し上げ、固い岩をも揺るがす。

今や、魂は広い部屋の中を漂い、

君主が遠い地方まで威光を照らすように、

魂はその機能を手足のすみずみまで送り出す。

太陽が蟹座と山羊座を焦がすこと二十度(たび)

過ぎた、この生きた船が船出してからというもの。

今や、大きさも頂点に達し、破滅の時が

近づいた。成就には休息というものがない。

 偉大なものには終りがあっても、休む場所はないのだ。

 

35

鯨は、この二匹の小さな魚を傷つけたこともなく、

その仲間を食べたこともないが、二匹は

彼を殺すために完全武装しているわけでもなく、

彼が死んでも得をするわけでもないのに、(彼らは

鯨の肉を食べるでもなく、滲み出る油脂をすするでもない)

共謀して彼を襲った。共謀者が二人ということで、

謀略がばれる可能性があったが、

幸いにも彼らは魚であるので、口を滑らすことはなかった。

いかなる暴君も賢明で強力な策略には勝てないものだ、

 惨めな者でも暴君に共通の怒りを晴らすことができる。

 

36

殻竿のような鰭をもつオナガザメと、鋼の嘴をもつメカジキが、

みなが望んでいることをやってみることにした。

まずオナガザメが鯨の背中に乗って叩き始めた。

不精な鯨は攻撃に耐えかねて、

恥と危険から身を隠すため、水面下に

沈み始めた。そこでメカジキが急上昇して、

その嘴で鯨を突き刺した。一方は、殻竿のような鰭で

巧みに攻撃し、もう一方は、剣で攻撃したので、

笑い草となり、餌食になったこの暴君は、死んでしまった。

 そして(自身が施し物となって)すべての連中の食料となった。

 

37

いったい誰が彼の死に復讐をするのか?いったい誰が、

彼の死を企み、それを実行した者に対し、説明を求めて召喚するであろうか?

殺された王様たちの世継ぎたちは、よく目にすることだが、

自分たちが得たものの喜びで我を忘れ、

復讐することも、葬儀を執り行うことも忘れる、

国民もそのような彼らに対して反抗することがない、

というのも行為で愛を示すべき当人が死んでいて、

もういないからである。悪徳でのし上がった王様の中には

臣下の愛情に飢えていて、愛情が死んだ王様に向けられると、

 自分への愛情が失われると考える者がいるのだ。

 

38

魂は、今では牢獄と感情から自由となったが、

少しばかりの憤りを感じていた、

あんな小さな槌であんなに大きな城がいともたやすく

倒れたことに。自分の家として

哀れなネズミという狭い牢獄を得た魂は、

(食べる物とてなく、何の楽しみもない

どん底にある人が、快適で落ち着く館をもっている人よりは、

偉い人に対し強い憎しみを抱くように)

偉大な者も小さな者から倒されることがある

 と最近学んだので、大胆な悪戯(わるさ)をしてみる気になった。

 

39

自然が造った最高の傑作である象は、

唯一害を及ぼすことのない巨大な生き物であり、獣の中の

巨人である。象が考えるには、賢明であるためには、

正義を守り、感謝の気持をもち、人を傷つけないことだと。

(しかし、自然は彼に折り曲げる膝を与えなかった)

彼は自分で真っ直ぐに立ち、自分を信頼し、

誰とも敵対しなかったので、敵はないものと思い、

立ったまま静かに眠っていた。彼の想像力を乱す

黒い夢を見ることもなく、引き絞られていない弓のような

 筋肉質の鼻を、のんびりと無造作に垂らしていた。

 

40

ネズミは象の鼻の中をまるで回廊を歩くように

歩き回り、広大な館の部屋々々を調査して、

魂の寝室である脳に到達した。

そこで生命の糸を噛み切った。町全体が

すっかり地雷で吹き飛ぶように、殺された獣はひっくり返り、

逃げることを頭に入れない。死ぬ気になった者だけが、

自分より高位の者を倒すことができるのだ。

こうして彼は自分の敵を餌食にして、墓場としたのだった。

 生還を考えない者だけが、どこへでも行けるのだ。

 

41

次に、魂はまだ生まれていない狼の子どもに宿り、

最も優れた産婆である自然が狼の生まれ出るのを

手伝った。狼は歩き始めるとすぐに殺しを始めた。

アベル(注:1)は、彼の羊のように白く温和であったが、

(彼は、教会や王国の羊飼いとして

最初のお手本であった)絶えずこの狼に

悩まされ、羊を奪われては悲しんでいた。

しかし彼の雌犬が番犬として

羊の群れを近くで見張って、警告を発し、よく守っていたので、

 狼は(他に方法もなく)この雌犬を籠絡しようと考えた。

 

【訳注】

注:1 アベルはアダムとエヴァの二番目の息子で、兄のカインに殺された(『創世記』4章2節)

 

42

彼がとった手段は、その後、

偉い人たちがよく用いて、

謀略を暴き、敵の計画を挫くのに成功した。

彼は暗闇に乗じてアベルの天幕に忍び寄った。

天幕の裾には雌犬が寝そべっていた。彼女が吠え出す前に、

しっかりと掴まえたが、彼はそれを

愛の抱擁と呼んで、愛の行為に及んだ。

愛は言葉より行動がものをいう。彼女は

大した抵抗もせず、彼も餌物に手荒な真似は必要なく、

 彼女は自由であっても、吠えることも、逃げることもしなかった。

 

43

狼は雌犬をものにし、雌犬は狼のものとなった。

ひとたび身を任せた者は、他人の秘密を守れない。

狼が羊の群れにやってきて、アベルがそこにいても、

雌犬は大きな声で吠えるふりをするが、噛みつくことはしない。

彼女は、忠誠心は忘れても、愛は忘れない。

アベルが至る所に仕掛けた罠に掛かって、

狼は死に、やっと被害と恐怖を

終わらせた。今やこの時とばかり、

敏捷な魂はアベルの雌犬の血の塊(注:1)

 命を与えようと、その中に入って行った。

 

【訳注】

注:1 ダンの時代、生理学者は精液を親の血の精髄であり、胎児を血の塊であると考えていたので、血の塊とは、ここでは狼の胎児を意味する。

 

44

妻となる者や、姉妹となる者を産ませる者がいるが、

皇帝たちの伝記の中にさえ

これに匹敵する情欲を見出すことはないだろう。

この狼は、自分自身を息子とし、また父親として

生まれることによって、死後になって、

生きていた時始めたことを完成したのだった。

それは謎めいた情欲であり、学者たちもそれに

適当な名前を見出せなかった。狼と雌犬の子は

アベルの天幕の中に寝そべって、優しくて

 幼いアベルの妹、モアバ(注:1)と一緒に遊び戯れていた。

 

【訳注】

注:1 モアバは、聖書には見出せないが、ヘブライの年代記にセトの妻ノバ(あるいはノアバ)があり、その人物のことか。

 

45

彼はじきに母親に対して乱暴になり、手に負えなくなった。

アベルは(雌犬が死んだので)こいつを新しく

野原で使うことにした。こいつは二つの種類から生まれたので、

母親と同じように、羊を狼から守り、

父親と同じように、羊を餌食にした。

彼は五年間生きて、自分の仕事を欺いてきたが、

自分の嘘を隠し通す望みもなくなり、馬脚を

顕わして逃亡し、皆から追いかけられた。

犬からも、狼からも追いかけられ、狼から逃げ、犬からも逃げた。

 彼はスパイのように両方を裏切ったので、殺されたのだった。

 

46

次にそれは悪戯(いたずら)好きな猿に生き返った。

猿は遊ぶのが好きだったので、自由に

天幕から天幕へと行ききして、子どもたちと遊んだ。

彼の器官は子どもたちとよく似ているのに、

どうして笑うことができず、心の思いを語れないのか、

不思議に思った。皆とよく遊んだが、なかでも

アダムの五番目の娘のザイファテキア(注:1)とよく一緒にいた。

彼女を見つめ、彼女が行く処について回り、

彼女のために果物を採ってやり、草の上で転げ回ったりした。

 その種類の中でも最も賢明なこの猿にとって、最初の真の恋人であった。

 

【訳注】

注:1 聖書にはザイファテキアの名前はなく、ダンはアダムの娘のザイファとヘキアの二人 の名前を組み合わせたものと思われる。

 

47

彼は他の誰よりも一人の女性を愛した

最初の猿だった。また、言葉をしゃべる能力がなかったので、

無言のサインで愛を伝えた最初の猿でもあった。

初めて愛の表情を作り、

飛び跳ねる馬の上で宙返りし、求愛を示すために

陽気に跳ねて見せ、自分の骨を折ってでも

恋人を楽しませようとした。彼女が怒れば

その怒りを自分に向けさせた。自然に逆らった罪を

容易に犯す連中は、自分の心を外見の美で養う。

 そういう連中は、少年や獣に美を見出す者たちである。

 

48

この外見の美に惑わされて、人々があまりに低級なものや、

あまりに高級なものを試したことで、獣や天使が愛されたのであった。

この猿は、他のことではまったく分別がなかったが、この点に関しては賢明で、

あまりに高きものに手を出したが、道は開かれ、

彼女は否(いや)とは言わなかった。

彼の戯れが功を奏しないと、もっと見込みがありそうな手を試みて、

目に涙を浮かべては彼女の顔を見つめ、

褐色の手で彼女の子ヤギの革のエプロンを

そっと持ち上げるのだった。自然を恐れることも、怖がることも

 なかった。自然には法律があっても、牢獄はなかった。

 

49

初めは彼女もうぶで彼の意図が分からなかったが、

その美徳も、彼が体を触って、擦られて疲れ果て、

ついにはむずむずとして暖かくなり、とろけてしまった。

初めは何も知らなかったが、今では何をされても構わなかった。

半分以上は自分から求め、半分以上はいやいやという気分で、

引きもしなければ押しもせず、あからさまに

声を立てては、悔いもした。彼女の兄のテスルマイトが

やってきて、この猿めがけて大きな石を投げつけた。

こうして邪魔をされた猿は逃げ出した。

 かくしてこの家は打ち壊され、魂は新たな家に移った。

 

50

この乗り換えで魂は得をしたのか損をしたのか分からないが、

猿が入り込みたいと思っていたところから出てきた。

アダムとエヴァが血を交わし合い(注:1)

錬金術師の定温の炎(注:2)のように、エヴァの穏やかな子宮が

ぐつぐつとそれを煮立てて形作った。その一部は

海綿状の肝臓(注:3)となり、

小高い丘の額の上にある豊かな水路のように、

生命を保つ水分を身体中にふんだんに送り込んだ。

また一部は肝臓より硬くて丈夫な心臓となり、

 心臓の炉は忙しく働いて生気を分かち与えた。

 

【訳注】

注:1 性交で血と血が混じり合って妊娠すると考えられていた。

注:2 錬金術師が賢者の石を産み出すために、定温の炎を求めた。

注:3 肝臓は身体に水分を供給し、血を作ると考えられていた。

 

51

他の部分は感覚の源泉となり、

柔らかいがよく武装された脳は、そこから

我々の身体を結んでいる神経の糸が

解き放たれ、先端で固く結ばれて、

手足は魂を待ち、魂は手足を待っていたが、

両者は今やっと結ばれた。魂は過去のすべての形態の

性質を記憶していて、不実、

強奪、欺瞞、情欲、邪悪の数々を知っていたので、

女となるのに申し分なかった。今やテメク(注:1)となった魂は、

 初めて耕作をしたカインの妹であり、妻でもあった。

 

【訳注】

注:1 テメクという名は聖書にはなく、ヘブライの年代記では、カインの妻はテメドと呼ばれている。

 

52

この陰鬱な詩を読んで下さる方がどなたであれ、

あなたが読んで下されば、詩もあなたに心を寄せます。

あなたの考えを止めて、一緒に考えて下さい。

なぜ、耕すこと、家を建てること、国を治めること、そのほか、

我々の生活を幸福にする技術のほとんどが、

呪われたカインの末裔によって作り出されたのか、

なぜ、祝福されたセトから我々は天文学で悩まされるかを。

世の中には、ひとえに善きもの、ひとえに悪しきものなどなく、

すべての性質は比較の問題であって、

 判断の唯一の基準は、世間の風評でしかないのです。

 

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー