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地球の未開の地注:1では、あの暑くて蒸し暑い気候で、

人々は今でも、アダムが林檎を食べる以前の姿のまま

暮らしています。その人たちが

(裸であるということを知らず、動物を恐れていました)

今も裸であることを望んでいるのは、

楽園があまりに遠く離れているので、

まだあの情報が届いておらず、

アダムが禁断の実を食べたことを知らなかったかのようです。

楽園での自由が奪われた状態でありながら、

見返りはなく、しかも罪は背負っています。注:2

しかし、非常に高い処から下を見下ろせば、

大人は子どもに、大河は小川に見えるように、

小さなものは見失います。それと同じように、あなたの目には、

(奥方様)あなたから遠く離れている人々は、

霞に見えるか、何も見えないに等しく、

智恵の埃程度のものでしかありません。

しかし、彼らの一挙一動を見ることができる私は、

彼らとあなたの間の、ちょうど中間にいます。

そして今、私は彼らに同情するのです。彼らは

私には哀れに見えますが、私こそあなたにとって哀れな存在です。

しかし私は、あなたの目を

溜息混じりのオードや、腕組みをしたエレジーで煩わすつもりはありません。注:3

私はあなたから同情してもらうために来たのではないのです。

血の気も失せた老人が、

信頼できない魂から消え入るような呻き声を発して、

(あなたがほほ笑んでくださらなければ)忠誠を守って死ぬなどというように。

あなたが顔をしかめても嵐を感じません。

私は恋によって高められることはあっても、挫けることはありません。

一日に二度溜息をつく人には同情しますが、

小声で悪態をついて死ぬ者には嫌悪を感じます。

恋は熱病のようなもので、木に

愛を語るような者注:4は、恋の冷たい瘧(おこり)にかかって凍えます。

それは恋であっても、致命的な弱さを持っていて、

自分の影におびえて自ら破滅を招くことになります。

最初に、悲しい顔をし、悲嘆にくれ、恋い焦がれ、恋の苦しみを見せた者が、

女性に男をさげすむことを教えたのです。

かつて万物は一つの無であり、鈍感で弱々しかったものが、

この無秩序な山が崩れて、

それぞれの欲望が元素を連れ去り、

水は土とともに下に降り、空気は留まって、

火は上昇し、それぞればらばらになって

解放され、純化されました。

愛も同じように、はじめは混沌の中に潜んでいて、

何もできない未熟な欲望でした。

渇望と欲望に安らぎはなく、

不足はあっても、なす術を知りませんでした。

その頃はなんと無邪気であったことでしょう。

男は愛する女性の傍を何事もなく歩いていました。

ふたりは溜息をつき、目で言葉を交わし、

ともに震えて病にかかりましたが、何故かは分かりませんでした。

男を沈黙させたあの自然な恐怖は

(当時の状況を考えれば)相応しかったのです。

すべての冒険者たちが最初に企てるのは、

その場所を探し出すことで、次にその近道を見つけることです。

ですから、女性への愛に激情で訴えるのは、まわり道、

というより、最初に踏み出した処から遠のくことになります。

嘆願したり、言い争うのは愛ではありません。

愛は征服するか、友情で終わるかしかないのです。

人の優れた部分は、激情より純粋なので、

望む前に受け入れられるのです。

ここでは愛は、賢明で、分を守り、理性を働かせ、

時節の到来まで旅に出ることはありません。

恋に打ちのめされた男は一旦知られると、

おぼこ娘たちにまで慰みものにされます。

女の嘲笑をうまく切り抜け、女をものにしようとする者は、

我を忘れた者で、自分の影を追い越そうとするようなものです。

一度蔑まれた後で、大きな声で呼ばれたからといって

振り返るのは、病気としか言いようがありません。

他の者には溜息をつかせ、嘆かせればいいのです。私の愛は

手練手管ひとつで一晩のうちに凍って水晶となります。

私が先に愛し、(愛してもらえれば)いつまでも愛し続けます。

彼女の気持が変わらない限り、私の気持も変わりません。

私の気持がぐらつくのは彼女のせいです。

彼女だけが私を解放し、束縛することができるのです。

正直な愛であれば安心してできますが、

退屈な求愛の門番はまっぴらです。

しかし(奥方様)、私は今あなたのことを思っているのです。ここは、

私たちの高さしかなく、あなたはただ姿を現わすだけです。

私たちは雲に過ぎず、あなたはそこから立ち昇ります。私たちの真昼の光でさえ

醜い影でしかなく、あなたの夜明けにもなりません。

あなたは美しく、正しさそのものであり、

他の人の優れたものは、あなたの光を反射しているだけです。

あなたは完璧であって、この上なく素晴らしく造られているので、

下手なお世辞を言えばそれを辱めることになります。

言い過ぎてもあなたには及ばず、

頂上を極めたと思ったら、下り始めているのです。

あなたに辿り着く近道はなく、回り道するしかありません。

あなたは真っ直ぐな道であり、称賛を受けるべき属性注:5を備えたお方です。

あなたにある善きもの、それは光です。それは多くの影を

造り出し、その中にあなたの動きを写し出します。

それがあなたの写し絵です。私たちは、遠くから

あなたの動きを見ていて、あなたの真似をする道化です。

あなたから生じる善の泉は、

私たちの薄暗い行為にかすかに見えるだけです。

そこで私は気づきました。人の最も高貴な部分が愛であるなら、

あなたの純粋な輝きがその影を動かしているに違いないと。

魂と肉体は、天と地のように結ばれていますが、

人間の幸福のために、もっと密接に結ばれています。

私たちは思想が魂の星であることを理解していても、

その偉大な性質は理解せず、その支配力を認めるだけです。

あなたの愛は、光に満ち溢れ、

すべての人に注いでも尽きることなく、

その熱が私たちをあなたへ導こうとしますが、

魂が上昇するには肉体の重みが過ぎるので、

のろのろとあなたに近づき、魂を純化し、

不滅の輝きに耐えられるまで、待たなくてはなりません。

罪の汚れを抱えたままこの旅をしようと望む者は、誰しも

その重みで真っ逆さまに落ちることになります。

不純で汚れた人が、貴い愛の純粋な領域に

留まることも動くこともできないのは、

地上の物質が浄化されずには上昇できず、

その性質を火と交わらせることができないのと同じことです。

そんな人でも目もあれば、手もあります。溜息もつければ、口もきけます。

しかし、膨れ上がった風船と同じで、頂点に達すると破裂してしまいます。

遥か北の海をいく船隊はほとんど太陽の恩恵を受けませんが、

別のところでは太陽に恵まれ過ぎていると感じる船もあります。

彼女の眼から程よい距離にある者もいれば、

遠すぎて凍え死ぬ者もあり、近過ぎて焼け死ぬ者もいます。

しかし、空気が太陽の程よい光を

夜明けから夕暮れまで受けるように、

有能な人たちは、遠くにいようと近くにいようと、

どのように動こうと、美徳の愛の祝福を受けます。

彼らの徳が煩わしい雲をすべて追い払うので、

虚しいことはなく、すべてが喜びとなります。

激しい熱に動かされ、激情の赴くままに動くことを

愛と称する人は、愛を冒とくしています。

あらゆることにおいて喜びを与えるような愛は

偽物であり、人の欲望を誘うだけのものです。

基本的な美徳注:6に愛が含まれていない理由は、

愛がすべての美徳を一つに集約しているからです。

 

【訳注】

1635年に初めて出版され、ダンの詩として最初に認められたのは1929年。稿本では「ウォルター・アシュトン卿からハンティンドン伯爵夫人へ」と題されており、グリアソンはダンの詩ではないとしている。この詩は最初の10行が不完全であるため欠落した部分があると考えられている。

 

注:1 「未開の地」とは、土着のインディアンが裸で過ごしているアメリカ大陸のことに言及している。

注:2 アダムとエヴァは楽園から追放される時、贖罪の知識を得るという見返りを与えられて原罪を背負ったが、未開の地の人間は贖罪の知識がないまま原罪だけを背負っている。

注:3 腕組みをした姿は、恋する者の姿を表象する。

注:4 「木に恋を語るような者」は、シェイクスピアの『お気に召すまま』のロザリンドを恋するオーランドを思い出す。A.J. Smithによれば、宮廷人は恋の思いを木に語るのが伝統的にあったという。

注:5 称賛を受けるべき属性とは、「美徳」。

注:6 基本得な美徳とは、智恵、勇気、節制、正義の四つをいう。

 

 

 

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ジョン・ダン全詩集訳 書簡詩