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お手紙をいただいてすぐに返事を書けば、

魂の最悪の罪、聖職売買を犯すことになり、

すぐに書かなければ、礼儀作法の最悪の罪、

忘恩の罪を犯すことになります。

すぐに書かないのは、自分の負債を厭うようであり、

すぐに書けば、恩義を避けるように思えるのです。

そういうことではなく、私は取るに足りない者なので、

持てるものすべてを払っても、払い切れないのです。

借金を返すためお金を借りるように、手紙を差し上げる

お許しを頂くことで、前より負債が増えます。

しかし、不毛といわれる大地にも豊かな鉱脈を見つければ、

私にも(金でなくとも)石炭か石材ぐらいは掘り出せるでしょう。

異教であっても、神殿は取り壊されることはありませんでした。

ピエトロ注:1はゼウスの、ポールはダイアナの神殿でした。

私の讃美歌をあなたが認めるか、選んで下されば、

私のなかの異教徒の詩神を清め、

一人の異邦人に祖国を与えてくれることになります。

時代を汚し、ののしる人たちによって道を誤った異邦人は、

美徳を隅々まで探し求めていましたが、それは今、

世界の最高の部分にあり、世界中を照らしています。それがあなたです。

宮廷人の心にあった美徳は、

陶片追放注:2を受けて、消えてしまったと聞いていました。

利得、快楽、見栄、贅沢が美徳を追い出しますが、

あなたを知ることで、それがどこに行くのか分かりました。

あなたの美徳(或いはあなたご自身)は、二つの大きな役を果たします。

女性を救い、宮廷を腐敗から守っています。

あなたのほかに真実なものはなく、そのことは

誰もが知っていますが、あなたには分かりません。

あなたはそれを知ることができないでしょう。

あなたの価値を知らないと認めることが、価値の一部でもあります。

しかし、あなたにとって、あなたへの称賛は不協和音でしかないので、

私とともに、他の人の罪を深く考えて下さるようお願いします。

ああ、私たちが何をすべきか分からないというのは、

半分は言い逃れで、実は何をしたいのか分かっていないのです。

私たちは、軽薄に押し潰され、空虚に満たされています。

坂道を下るのに、汗をかき、息を切らしているのです。

新しい学問注:3が太陽の動きを止め、

受動的な地球に、太陽の周りを回るように命じたように、

私たちも心の働きを止めて、目的を失くしたのです。注:4

肉体だけが忙しそうに働き、目的があるふりをしています。

ちょうど低い処の死んだ地球が、高い処にある生きた月を

蝕し、支配するように、肉体が魂を蝕し、支配します。

私たちのほかには、そのように混同した道具、

二つの役目をするような手をもつものはありません。

私たちは手を使って大地を耕し、手を天に挙げて祈ります。

祈らずして働く人、働かずして祈る人は、

半分だけでなく、何もしていないと同じです。かの人は「鋤に手をかけてから、

後ろを顧みるな」注:5と言われましたが、見上げることは許されるのです。

良い種も悪くなります。そしてたびたび

土から病気を移され、雑草になり下がります。

同じように精神も肉体に移植すれば、

堕落してしまいます。

どんな憎しみも愛ほどには傷つけることができません。

外からくる暴君ができないことを、私たちはやってのけ、

後天的にではなく、生まれながらに持っている権威、

神殿であり宮殿でもある、魂の箱を取り壊すのです。

肉体は死から救われますが、

魂は生まれつき自由なのではなく、保護されているだけです。

私たちが牢獄に送られるように、新しい魂が肉体に送り込まれ、

来たときは汚れを知らなかったのが、そこで罪悪を覚えます。

すべての被造物の最初の種が私たちのなかには宿っており、

世の中の良いものであれ、悪いものであれ、

人の肉体は何でも産み出すことができるので、

石も、虫も、蛙も、蛇も、人のなかに見ることができます。

しかしながら、自然が産み出すことができるものが、人には

真珠も、黄金も、穀物も産み出すことができません。

私たちはこの世界にヴァージニアを新たに加え注:6

最近では二つの新星注:7を天空に送り出しました。それなのに、

どうして私たちは(天に対してではなく)自分に不平を抱くのでしょう、

私たちの美しい二つの魂が天の仲間を増やすというのに。注:8

しかし、ここで私はこの書簡詩を終えなくてはなりません。この詩は

二つの真実注:9を語っていますが、そのどちらもあなたは認めようとしません。

美徳にはつむじ曲がりなところがあります。というのは、

自分の善を信じないだけでなく、他人の悪も信じようとしないのです。

あなたこそ美徳の最高の楽園です。

美徳はある程度、いや相当に悪に通じています。

多過ぎる美徳も、一つの美徳の過剰も、

あなたのなかであらぬ疑いの気持を産みます。

罪悪に通じない美徳は、私たちの惨めな状態に

同情することがないので、その価値も低くなります。

こういったことは謎めいていますが、多少の罪悪を

ふりまくのは、ある性質の人にはふさわしいことです。

政治家は毒を毒でもって清め、悪は

悪でもって、毒蜘蛛は蛙でもって制します。

悪が彼らを奴隷にするのではなく、彼らが悪を飼いならし、

悪の意に反して、良いことをさせるのです。

しかし、あなたの共和国では、いえ、あなたのなかの世界では

悪の役目はなく、なすべき仕事もありません。

ですから、有毒な下剤は飲まずに、

強心剤、あなたが熟知している栄養剤で満足して下さい。

 

 

【訳注】

67行目のヴァージニアについての言及から、この詩は1607年から1609年の間に書かれたと思われる。当時ヴァージニア会社のヴァージニアの植民地化への努力によって、投資家や冒険者たちの関心が高まっていた。また、68行目の「二つの新星」が、1609年に亡くなった二人の女性、セシリア・ブルストロードとマーカム夫人を表象しているとすれば、この詩は1609年後半のものと考えられる。

注:1 ローマのサン・ピエトロ寺院はゼウスの神殿の上に、ロンドンのセント・ポール寺院はダイアナの神殿の上に建てられたと言われている。

注:2 陶片追放(オストラキスモス)は、古代ギリシアにおいて危険人物の名を陶器片や貝殻などに書いた公衆の投票で、10年間国外に追放した制度。

注:3 新しい学問とは、コペルニクス(1473-1543)の地動説。

注:4 「受動的な地球に(中略)目的を失くしたのです」の個所について、<パドヴァのアリストテレス派で、ガリレオの同僚でもあったクレモニーニ(1552-1613)は、物体の運動の原因は、第一動者としての神にあり、神の力が星に住む知性(世界霊)を通じて地上に伝えられる。神と世界霊とは、地上のものの運動原因であるとともに、自由原因ででもあり、諸物は世界霊を目的とし、世界霊は神を目的として、目的論的秩序を示している。人間精神も、身体の「内在的形相」であり、知性は「受動的知性」であり、「受動的知性」が目指す目的が、不死なる「能動的知性」で、「能動的知性」とは人間精神そのものではなく、それの「目的」である(1963年刊、岩波新書、野田又夫著『ルネサンスの思想家たち』、p.176-7より)>という思想が思い出される。

注:5  「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」(『ルカによる福音書』9章62節)

注:6 エリザベス女王の治世下に、ハンフリー・ギルバート卿とウォルター・ローリー卿によってヴァージニアが発見され、1607年からヴァージニア会社によって植民地化がすすめられた。

注:7 「二つの新星」は1606年にケプラーが発表した『新星』(De Stella Nova)に北天の星座のことが記載されているが、ここでは1609年に亡くなったベッドフォード伯爵夫人の近親者、セシリア・ブルストロードとマーカム夫人を指していると考えられている。

注:8 シェイクスピアの『十二夜』のなかで、道化のフェステが天国に召された兄を嘆くオリヴィアを阿保呼ばわりする場面(1幕5場)を思い出させる。

注:9 「二つの真実」とは、世間の悪と、公爵夫人の善。

 

 

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ジョン・ダン全詩集訳 書簡詩