嵐は過ぎ去った。その嵐の暴君のような怒りを鎮めたのは
忌々しい凪であるが、その凪を止めるものは何もない。
今では、あの物語(注:1)が逆さまになり、
コウノトリではなく、木片(注:2)が苦しめることになった。
嵐はすり減って消耗したが、我々をも疲れさせた。
凪の中で、天が我々の衰弱するのを見て笑っている。
僕の思いもこのように落ち着いていればと思うほど
穏やかで、君の恋人の鏡か、そこに映し出される姿のように、
海は静かだ。我々が動くことができれば、そこへ行くことを
求めていたあの島のように、我々の船は根が生えてしまった。
嵐の時には海水を汲みだしたが、今はピッチが流れ出して、
燃える教会の屋根から噴き出す鉛のようだった。
そして美しい飾りも、装備も色褪せて、
宮廷が移ってしまったか、芝居が跳ねた後のようであった。
戦う場所は今や水夫のボロ布を干す場と化し、
策具はすべて古着となってしまった。
合図の灯火も不要(注:3)となった。一か所に落ちた
羽毛や埃は、昨日も今日も、同じところにそのままある。
大地の中空は、この世の肺であるが、
大気の上層の蒼穹にも劣らず、風がない。(注:4)
はぐれた味方の船も、捜していた敵の船も見つからない。
我々は動けないが、流れ星のように漂っている。
熱帯病だけが親友を互いに引きつける。(注:5)
彼らは死んだ後、大魚の顎の中で再会する。
ハッチの上を祭壇のようにして横たわった者たちは、
各々自分の祭司であり、自分の捧げ物でもあった。
生きている者たちは、奇跡を繰り返した。
熱い炉の中を歩いて、死なずに戻ったあの者たちの奇跡を。(注:6)
このような状況にもかかわらず、海でひと泳ぎしても、
硫黄の湯につかるほどにもさわやかな気分にはならなかった。
それに泳いだ後、海から船に戻って甲板に上がると、
まるで、燃える石炭の上で加熱されるかのように悲惨だった。
檻に入れられ、羊飼いに嘲られたバヤジト(注:7)か、
髪を切られて、力の抜けたサムソン(注:8)のように、
我々の船は衰弱している。蟻の
大群が皇帝の可愛がっているペットの蛇を襲う(注:9)ように、
這うように進むガレー船(注:10)、囚人の漕ぐ船、鰭のような櫓で漕ぐ木端船でさえ、
今では寝たきり状態の、我々の二檣帆船(注:11)などものともしないだろう。
腐った状態から抜け出して、ひと旗あげるためか、
愛し、愛されるという
吐き気を催す苦痛から逃れたくて、あるいは、
名誉に駆られ、立派な死を望んで飛び出してはみたものの、
目標を失ってしまった。というのも、ここでは僕と同じく、
無鉄砲な者が生き残り、臆病者が死ぬ。
鹿でも、犬でも、追うものも、追われるものもみな、
命を得るか、餌食となるか、ことを果たさぬまま死ぬかである。
運命は我々が祈ることを怠ったのに不満を抱き、
我々全員に巧妙に罰を加える。
海で、風よ、もっと吹けと願う者は、
極地で寒さを、地獄で灼熱を請い願うようなものだ。
では、人間とは何か?悲しいかな、人間は
昔に比べ、なんと小さくなったことか。人間は
もともと無であったが、今はその無にも足りない。
偶然の仕業か、我々自身の責任か、目的と手段がかみ合っていない。
我々には、力もなく、意志もなく、感覚もない。僕は横になろう。
そうすれば、この惨めな境遇を感じなくて済むだろう。
【訳注】
嵐の後、アゾレスへ向かう途上、艦隊は散り散りとなり、ダンの乗った艦船は凪に遭遇した。9月9日から10日にかけてローリーの艦隊はエセックスの艦隊からはぐれてしまった。この詩も『嵐』と同様、おそらくクリストファー・ブルックに宛てたものである。
注:1 イソップ寓話に、蛙がゼウスに王様を求めたところ、丸太を与えられた。それを不満に思って別の王様を求めると、今度はコウノトリを与えたが、コウノトリは蛙をみんな食べてしまったという話がある。
注:2 「木片」は凪の波間に漂って浮かんでいる船。
注:3 「灯火が不要」となったのは、艦隊では、夜、旗艦の船尾に灯りを灯して他の船との合図にしていたが、今は船が動いていないのでその必要もない。
注:4 風は地球の内部の中空部で発生し、大気の上層の蒼穹は無風地帯であると考えられていた。
注:5 熱帯病にかかると頭が狂って、海原を心地よい牧草地と思い、海に身を投げる水夫たちが多かったという。
注:6 ネブカドネザルによって炉の中に投げ込まれた三人の子どもたちは、奇跡的に生きて戻った。((『ダニエル書』3章20‐30節)
注:7 バヤジトは、クリストファー・マーローの劇曲、『タンバレン大王』の中で、スキタイの羊飼いであったタンバレンがトルコの皇帝バヤジトを征服し、檻の中に閉じ込め嘲笑した。『タンバレン大王』の第一部は1587年に書かかれ(出版は1590年)、海軍大臣一座によって上演され、エドワード・アレンがタイトルロールを演じ、マーローはこの作品の成功によって一躍有名になった。第二部も同年に発表され、成功を収めた。
注:8 強力のサムソンは、髪の毛をそられると力が抜けた。(『士師記』16章17節)
注:9 ローマの伝記作家、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』の中で、ティベリウス皇帝は、ペットに飼っていた蛇が蟻の大群に襲われた時、大衆の反逆を回避するための警告として解釈した。
注:10 ガレー船は、奴隷や囚人に漕がせた二段オールの大型帆船の軍船や商船。
注:11 「我々の二檣帆船」は、1635年から1654年の版による。1633年の最初の版では「我々のヴェニス」となっている。
ページトップへ
|