詩が持っているという、あの神聖な火はどこへいったの?

 あの魔法の力は、どこに消えてしまったの?

自然の法則にならって、自然の作品を模倣する詩も、

 自然の最高傑作であるあなたを、作品に描くことはできない。

わたしの涙がわたしの昔の詩の火を消してしまった。

 どうしてわたしの欲望の火もいっしょに消してくれなかったの。

思考は、わたしの心の産物、時にはあなたとともにあるけれど、

 わたしは思考の造り主、だのにそれを自由にできない。

あなたの面影だけが、わたしの心の中に坐している、

 でもそれは蝋でできていて、火に包まれている。

わたしの火が追い立て、あなたの火がそれを引き寄せる。

 それでわたしは、絵姿も、心も、感覚も奪われてしまった。

わたしの退屈な思い出だけがいつもついてまわり、

 それを失くすことも、保つことも、どちらも悲しい。

思い出はあなたがどれほど美しかったか教えてくれる。あなたは

 神さまのように美しい。でも神さまをあなたと比較すれば、

名誉なのは神さまのほう。神さまを知らない人には、

 神さまの姿を教えるのに、あなたのようなものだと言えばいい。

並みの人間を小世界と呼ぶのなら

 あなたをいったい何と呼べばよいのだろう?

あなたの柔らかさ、清明さ、まっすぐな姿勢、美しさが

 綿毛や、星、杉の木、百合の花に似ているのは、

あなたの右の手、頬、瞳が

 あなたの左の手、頬、瞳と似ているようなもの。

わたしが愛したファオ注:1は美しかった、でも昔のあなた、

 いまのあなた、それに将来のあなたほど美しくはない。

わたしの恋人たちは、盲目的に

 わたしが美しいと言うけれど、わたしの顔は悲しみで曇っている。

でも、できるだけ悲しみを抑えているの、悲しみで

 美貌が台無しになって、あなたの愛にふさわしくなくならないように。

あなたは心優しい少年と戯れているけれど、

 二人の間には優しさの通じ合う心が欠けている。

彼の顎には、不揃いな刺のような髭が生え、

 人を怖がらせ、それに日々それが変化している。

あなたの身体は生まれながらの楽園、

 それ自体で、人の手を加えなくとも、すべての快楽があり、

なにも必要としない完璧さ。そうであれば、どうして

 荒くれ男の手で耕してもらう必要などあるだろう。

男たちは罪の跡を残して去って行く、

 それは雪の日に泥棒を働いて追跡されるようなもの。

でもわたしたちの戯れの恋は跡を残さない、

 魚が水に、鳥が空気に跡を残さないように。

二人の間にはあらゆる甘美なものがある、

 自然が与えてくれる快楽から、人工の快楽に至るまで。

わたしの二つの唇、瞳、腿はあなたの二つのものとは違う、

 でも、あなたのものが互いに異なるほどには違わない。

いえ、それ以下だわ、それほど似ているのに、

 似たもの同志、どうして触れ合ってはいけないの。

知らない人と手に手を重ね、唇と唇を合わせても誰も拒みはしない、

 だったら、どうして胸と胸、腿と腿を合わせあってはいけないの。

不思議なことに、似ていることで自己欺瞞になるの、

 自分に触れることで、あなたに触れた気分だと。

自分で自分を抱きしめ、自分の手に口づけしては、

 自分になまめかしく感謝するの。

鏡に映った自分を見ては、あなたというの。でもね、

 口づけしようとすると、涙で目と鏡が曇ってしまうの。

ああ、この狂おしい恋を癒して、もとのわたしに戻してちょうだい。

 あなたはわたしの半身、わたしのすべて、いえ、それ以上のもの。

そうすれば、あなたの紅の頬が深紅の染料より長く、

 その白さが銀河の白さより長く保つようにしてあげる。

そうすれば、あなたの驚くべき強力な美しさが

 すべての女性に嫉妬を、すべての男性に愛をかきたてる。

それに、変化も、病気もあなたには近づかないので、

 あなたがそばにいれば、わたしもそれらから逃れられる。

 

 

【訳注】

最初の出版は、1633年。この詩はエレジーと一緒にされることがしばしばあるが、真作品から除外されることもある。グリアソンはエレジーの直後に置いて、「英雄詩形の書簡詩」と呼んでいる。サッフォーは紀元前600年頃の、エーゲ海北東部にあるレスボス島に生まれたギリシアの女流詩人で、彼女が同性愛にふけっていたという伝説から島の名前をとったレスビアンは女性の同性愛者をいう。フィレニスはギリシア語で「女友達」を意味する。

 

注:1 ファオは、サッフォーが愛したレスボス島の美しい若者。一方、ギリシア神話のパオーンはレスボス島のミティリネの渡し守であった醜い老人で、アフロディティ―から若さと美しさを与えられたサッフォーは彼を愛したが報いられなかったために、レフカスの岩から身を投げたとされる。

 

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー