エレジー12  彼女との別れ ジョン・ダンの部屋トップへ戻る

 

彼女は去り、僕は嘆く。夜よ、

僕がこれを書いている間、闇で包んでくれ。

恋人が行ってしまい、ひとり耐えねばならぬ

この地獄を覆ってくれ。

ああ、最も暗い魔術でもそれはかなわない、

おまえも、偉大なる地獄も、これに較べれば影法師。

月の女神や金星、それに他の星が消えたところで、

僕の心の思いほど暗いものは造れないだろう。

おまえにいま暗闇を貸すこともできるし、それに

僕自身から、もはや陽が昇ることもないと言うこともできる。

そのように、僕の視力はすでに失われ、

僕の胸の火が放つ一筋の光も感じない。

ああ、愛の神よ、光と闇は一緒にされ、

おまえの勝利にはそのように奇妙な拷問がつきものなのか!  

おまえ自身が盲目なので注:1、僕らも

おまえの殉教者となってお互いを見ることがならないのか?

それとも僕らを刑車に曳かせて引き裂くのを誇り、

僕らが感じる苦痛に原始の混沌を見たいのか? 

あるいは、神を恐れて、僕らがお互いの儀式をないがしろにしたので、

おまえの怒りを招いているのか? 

いや、そうではない。悪いのは僕だ。僕を責めてくれ、

いや、むしろ、謀をめぐらす運命を責めてくれ、

僕が以前には形だけの恋をしたというので)運命は、

僕が本当の恋をした時には苦しむように定めたのだ。

そういうことで、黄金の実注:2を見つけたと

僕が言う間もなく、奪い去られてしまうのだ。

あるいは、大海原の中に一滴を見るように

夢の中でだけ金持ちでいるのだった。

だが、愛の神よ、僕の過ちのために鳩のような僕の恋人を

苛めるとは、おまえは自分が思っている以上に盲目だ。

それに、僕が自らすすんで忠誠を尽くしておまえの怒りを

静めたところで、彼女に僕の運命を追わせることになるとは。 

それで、寵児が倒れると、目隠しされた正義の女神注:3は、

寵児も、その屋敷も、友人たちも、従者たちも、みな打ち据えるのだ。

おまえは炎の矢を僕たちの血の中に放って、

僕たちの欲情を煽っては、

僕たちに溜め息をつかせ、燃え上がらせ、喘がせ、火傷(やけど)を負わせ、

その上、おまえ自身が僕らの炎となることで十分ではなかったのか?

おまえは、恋路を、暗く、危険なものにし、

僕たちを危険にさらすことで十分ではなかったのか?  

あたりには召使のスパイに僕たちを待ち伏せさせ、

おまえの夫が高みから見張る眼は、

嫉妬から流れる脂汗でギラギラ燃えていた。

それでも僕たちは心変わりすることはなかった。

スパイにはスパイをもって、身を守った。

敵がそばにいるときにも、連絡を交わした。

こっそりと(そうするのは、いっそう楽しくもあるが)

逢っては、話をしたり、抱き合ったり、口づけをして楽しんだ。

僕たちの重大な関心事を無関心な振りをして隠した。

言葉の代わりに、あらゆる手を使い、

頷いたり、目配せしたり、顔の表情や、時にはテーブルの下で

僕らの言葉から離れて足で会話を交わした。

僕たちは君のあらゆる秘儀を試してみた、

そう、君の蒼ざめた顔の心の内面や、君のどきどきする心臓を。

それなのに、やっとこの煉獄を通り過ぎたと思ったら、

僕たちの恋は引き裂かれ、通俗な悲恋物語となるのか?  

まず、僕たちの目を回転する脳を貫通して釘付けにし、

二人の唇をぴったりとくっつけよう。

僕たちの腕を蔦のように絡ませ、僕たちの恐怖で

二人をともに凍らせて、運命の女神が

無理やり眼を見開いて、血を流すという行為で、

二人の仲を引き裂くまで、僕たちはここにじっとしていよう。

愛の神よ、これまで僕は運命の女神を非難してきたが、

そんな悪さをできるはずがないのだ。

ああ、運命の女神よ、おまえは僕の不平に少しも値しない、

おまえは、自身の恥としての十分な禍(わざわい)をもっている。 

最悪なことをするがいい、僕の恋人と僕には武器がある、

おまえの攻撃や、危害に対しては十分とはいえないが。

僕たちの仲を引き裂くがいい、身体は離れても、

僕たちの魂は結ばれている。

それに手紙や贈り物で、いつでも愛し合うことができるし、

夢の中や想像の中で愛し合うこともできる。恋に手段は事欠かない。

元気にしてくれる太陽を見なくとも、

彼女を見ればたちまちその美しさが僕の感覚を走り抜ける。 

空気は、彼女の柔らかさに、火は、彼女の純粋さに注目し、

水は、彼女の清明さを、大地は、彼女の頼りがいを口にする。

時は、僕たちの恋の進行を見失うことがない。春は

僕たちの恋の始まりの季節、なんと新鮮なことか、

夏は、穂が実り、

秋は、黄金色した収穫の時。

冬は、運命の女神を怒らせようと思わずに、

失われた季節だと思い、彼女も失われたものだと考えよう。 

最愛の友よ、僕たちは別れなくてはならないけれども、

夜を夜明けの希望で紛らわせば、心の重荷も軽くなるだろう。

寒さと闇が長く続く処があろうとも、

太陽は地球を皆等しく照らしている。

部分的には不公平もあろうが、

全体的にはみな楽しんでいる。僕らも楽しもう。

だから、君はいつまでも変わらずにいてほしい。悲嘆にくれて

健康を害したり、若さや美貌を損なわないでくれ。

卑劣な運命の女神には

君の貞節な心と軽蔑をもって敵であることを宣言したまえ。

そうすれば、僕自身の思いがそこに反映しているのを見て、

僕は君の心の虜となるだろう。

僕の愛しい人の慰めにこのことを誓う、

いま僕が言った言葉は必ず実行すると。

僕が道を踏み外す前に北極星が手本となって動くだろう。

僕が恋人を変えるとき、それは僕が心を変えた時だ。 

いや、僕の欲望が冷めるようなことがあるとすれば、

それは天体が動きを止め、世界の火が消える時だ。

いくらでも言うこともできるが、言葉が過ぎれば

説得にも疑いが生じるというもの。

だから一言で言おう。僕は心底愛している、

君も同じように僕を愛してほしいと願う。

 

【訳注】

1635年、この題名で42行だけが最初に出版された。1669年、完全版が出版されたが無題であった。それ以後の出版ではいくつかの修正がなされた。ヘレン・ガードナーはこの詩をダンの作品から外している。

注:1 おまえ自身盲目なので=愛の神、キューピッドは目隠しをされていて眼が見えない。

注:2 黄金の実=神々の秘密を漏らした罰で地獄の水に漬けられたタンタロスが飢えと渇きに苦しめられ、飲もうとすると水は退き、眼の前の木の実を取ろうと手を伸ばすと、たちまちそれは風で運び去られた。

注:3 目隠しされた正義の女神=正義の女神は、両手に秤と剣をもち、目隠しされている。

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー