高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   劇団民藝創立70周年記念公演 『どん底―1947・東京―』       No. 2021-008
 

 昨年の4月公演予定がコロナの緊急事態宣言のため1年延期されての上演であったが、1年たった今もコロナは収束せず、観劇の当日もコロナ感染者数増加が衰えず、「まん延防止」の発令が予定された中での上演であった。
 『どん底』は、日本では1910年の初演以来実に夥しく上演されてきており、自分の観劇日記にも2019年10月に新国立劇場公演での観劇記録がある。
 今回観劇の食指を動かされたのは、脚本を吉永仁郎が、場所と時代を終戦後間もない1947年の日本、東京・新橋の焼けたビルの半地下に設定したことに関心を持ったからであった。
 この観劇記録を書くにあたって新国立劇場公演の『どん底』の観劇日記を読み返すと場所設定が、工事現場での劇中劇の仕立てになっていて、今回の場面設定に似通うものがあったことに気づかされた。
 今回の上演では登場人物の名前や設定が日本人としてのそれになっているが、ストーリーの展開から人物造形の大半はオリジナルとまったく変わらず、その意味ではデジャビュ、既視感のあるものであった。
 『どん底』の登場人物は基本的には特定の主人公がいないと言えるが、演出の仕方次第で巡礼者の老人ルカや殺人の前科を持つサーチンの二人を軸にした「相対立する二つの原理のせめぎあい」(新国立劇場公演プログラム、亀山郁夫の寄稿文より)のドラマともなる。
 新国立劇場公演のルカは、その名が暗示しているようにキリストのパロディを感じさせる人物造形であったが、民藝公演でのルカは、仁科仙蔵と名乗る「爺さん」として、当初は謎の人物として登場するが、劇の後半部では、戦前の左翼で特高の拷問に耐え切れなかった転向者としての正体を自ら暴露する人物として登場する。
 半地下の住人たちはそれぞれの過去を抱え、日々の生活費にもこと欠きながらも、饅頭売りや、靴直し、コソ泥、闇屋、売春、偽傷痍軍人などとして日銭を稼ぎながらも、何時も険悪な空気の中で過ごしているが、爺さんの仲介の言葉によって険悪な空気が和らげられる。
 しかしながらこの民藝の上演では、サーチンに当たる人物との思想的対立はまったく見られないので、「爺さん」があたかも主人公のように感じられる。
 が、実際にはこの半地下の住人達の生きざまそのものがこの舞台の主人公と言える、そんな舞台であった。
 登場人物とその関係は名前こそ日本人に変えられているが、内容的にはオリジナルとほとんど変わらないので、あえて物語の筋を書き記す必要もないだろう。
 最後の、酔っぱらいの「役者」成田屋が首をくくって死んだ、という知らせで幕となるのも変わらない。
 出演は、爺さんに杉本孝次、大家に佐々木梅治、大家の妻「雌豚」に庄司まり、インテリに千葉茂則、殿様に佐々木研、お巡りに境賢一、娼婦のみどりに日色ともゑ、役者・成田屋に横島亘、他、総勢16名。
 上演時間は、途中休憩15分を挟んで2時間10分。

 

原作/マキシム・ゴーリキー、脚本/吉永仁郎、演出/丹野郁弓
4月9日(金)13時30分開演、紀伊國屋サザンシアター
チケット:6600円、プログラム:600円、座席:12列21番


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