高木登劇評-あーでんの森散歩道
 

2003年の「シェイクスピア劇回顧」と「私が選んだベスト5」

 今年のシェイクスピア劇は、多様性(演目)と量(上演数)において昨年に比べて減少しているような気がする。この4、5年の傾向としてもそのことが言えるのではないだろうか。
 いわゆるバブルがはじけて、行政面でもハコモノの維持管理が立ち行かなくなり、文化・芸術面でもその影響がじわじわと出てきている。昨年7月の東京グローブ座の閉鎖に続いて、今年は新年早々から厭なニュースが入ってきた。

●東京都の生涯教育・地域文化振興事業の打ち切り
 13年間続いてきた板橋演劇センターの新年の公演が、東京都が「文化行政の一本化」を名目に、生涯教育・地域文化振興事業を打ち切ったため、東京都教育委員会との共催である「TOKYO・リージョナル・シアター・フェスティバル」が今年限りとなり、来年からは東京芸術劇場での上演ができなくなった。
 今年のシェイクスピア劇の特徴としては、シェイクスピア劇そのものの上演数が少なかったことと、海外からの来日公演が皆無に等しかったことが言える。
 反面、シェイクスピアを素材にした作品に面白いものがあったように思う。

●海外からの来日公演
 海外からの来日公演では、今年は本格的なシェイクスピア劇団の来日はなかった。
 シェイクスピア劇団ではないが、6月にモスクワからユーゴザパード劇場が来日し、天王洲アイルのアートスフィアで、ワレリ―・ベリャコーヴィッチ演出で、3演目の一つとして『夏の夜の夢』が上演された。また、7月の末には、世田谷のシアタートラムに、オックスフォード大学演劇協会が来日し『じゃじゃ馬馴らし』を上演した。自分が持っている情報ではこの程度しかない。

●演出のグローバル化
 その一方で、演出面のグローバリゼーションで、海外からの演出家による上演も今年の特色の一つであった。
 野村萬斎がハムレットを演じる、男優だけによる『ハムレット』では、2002年までアルメイダ劇場の芸術監督であったジョナサン・ケントが演出し、兵庫県立ピッコロ劇団ではベリャコーヴィッチが『ハムレット』を演出した。
 文学座の江守徹主演の『リチャード三世』では、レオン・ルービンが演出し、俳優座劇場における日欧舞台芸術交流会のシェイクスピア劇では、『冬物語』をW. ガリンスキー、イヨネスコの『マクベス』をイアン・カラミトルが演出した。

●蜷川幸雄演出の『ペリクリーズ』がロンドンで絶賛!
 日本から本場の英国への進出では、蜷川幸雄演出の『ペリクリーズ』が大きな評価を得た。
 野村萬斎の『ハムレット』は評価が分かれていたようだが、吉田鋼太郎のクロ―ディアスや中村芝のぶのオフィーリアが高い評価を得ていたようだ。
 蜷川幸雄の『ペリクリーズ』も現在のイラク戦争を背景にしたテーマが色濃く支配していたが、川村毅の『ハムレットクローン』も、テロ、戦争の世紀を迎えた「現在」「東京」「ハムレット」を「新世紀ハムレット」として新たに2003年版として甦らせ、舞台ではドイツ語と日本語が使われ、国内公演の後、ドイツの国際演劇祭の招待でドイツ国内ツアーが公演された。

●藤原竜也、ハムレットの演技で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞
 国内での今年の特徴としては、これまで国内で上演されることが少なかったロマンス劇の公演に特色があったように思う。なかでも、蜷川幸雄の『ペリクリーズ』は今年最高の作品の一つにあげることができるだけでなく、戦争とテロの糾弾を含んだ演出としても大きな特徴の一つであったと言える。
 東京グローブ座という活動拠点を失った「子供のためのシェイクスピア」がサンシャイン劇場で『シンベリン』を公演し、来年以降も引き続き公演が続けられるという嬉しい知らせもあった。
 今年も『ハムレット』は、野村萬斎、シェイクスピア・シアター、アカデミック・シェイクスピア・カンパニーなどによる公演があり『ハムレット』」の公演に事欠かなかったが、11月から12月にかけてシアターコクーンで上演された蜷川幸雄演出の新『ハムレット』(河合祥一郎訳)では、ハムレットを演じた藤原竜也が第38回紀伊国屋演劇賞の個人賞を受賞したのは特筆すべきニュースであった。

●ハイナー・ミュラー/ザ・ワールドが伝えるメッセージ
 今年の現象として特筆すべき話題として、10月23日から12月23日にかけて催されたハイナー・ミュラー・フェスティバルで、日本・韓国・中国の18の劇団が、東京の4つの劇場でハイナー・ミュラーの作品上演に挑んだことも挙げられる。
 ハイナー・ミュラーは、1977年に戯曲『ハムレットマシーン』を発表した旧東ドイツの劇作家兼演出家で、東ドイツが消滅して以後、ベルリーナ・アンサンブルの共同監督に就任(1992)したが、1995年癌で亡くなった。そのハイナー・ミュラーのフェスティバルで宣言された文章の一部をもって、今年のシェイクスピア劇回顧の締めくくりとしたい。
 <'To be, or not to be'とは、時代の重大な岐路に立たされた者たちだけが持ちうる危機意識の表明だ。関節がはずれ、世界が狂っているからこそ、われわれは「演劇する」>。

●私が選んだ2003年のベスト5

1. 蜷川幸雄演出の『ペリクリーズ』
2. 文学座公演、江守徹の『リチャード三世』
3. 演劇集団円公演、金田明夫の『リチャード三世』
4. 蜷川幸雄演出、市村正親の『リチャード三世』
5. 劇団AUN公演の『マクベス』

●別枠、シェイクスピアの翻案劇・関連劇ベスト5

1. 劇団昴公演の『ゴンザーゴ殺し』
2. 劇団民話芸術座公演の民話版、『夏の夜の夢』
3. 東京シェイクスピア・カンパニー公演、『マクベス裁判2003』
4. 日欧舞台芸術交流・俳優座公演によるイヨネスコの『マクベス』
5. 立身出世劇場公演、『港町マクベス』

●私が作った<勝手で賞>

1. 感動賞:『ペリクリーズ』(本当に感動で、涙が出ました)
2. 演技賞:江守徹のリチャード三世(やはり、大ベテランの存在感)
3. 助演女優賞:夏木マリのエリザベス(市村正親のリチャードと五分に渡り合う台詞力)
助演男優賞:野村萬斎の『ハムレット』でのクローディアスを演じた吉田鋼太郎
4. 脇役賞:劇団AUN公演『マクベス』の鶴忠博(裸で赤褌をした正体不明の人物で、奇妙な存在感)
5. 舞台美術賞:野村萬斎の『ハムレット』のポール・ブラウン(主役はむしろ舞台装置だった)

●観られなくて<残念で賞>

時間的な都合や、チケットが取れず見逃した作品で、残念なのは、

1. 蜷川幸雄演出、藤原竜也主演の『ハムレット』(2年前、同じくハムレットで紀伊国屋演技賞を受賞した吉田鋼太郎が嫉妬するほどの演技だったそうです。劇団AUNのHP掲示板「座長日記」から)
2. 劇団うりんこ+山崎清介による『シェイクスピアを盗め』(ケアリー・ブラックウッドの原作を脚色したもの。「笑いいっぱい、スリル満点の痛快冒険物語」〜チラシの宣伝文句より)
3. ユーゴザパード劇場来日公演『夏の夜の夢』(天才ベリャコーヴィッチ演出、職人たちのアドリブ芸に抱腹絶倒、ピーター・ブルックの伝説的作品を超える新たな伝説誕生、というチラシの文句に踊らされて)

 

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