高木登 観劇日記
 
  幹の会+リリック プロデユース公演「冬物語」 No.2001-20

〜 ハーマイオニの生ける彫像に感涙 〜

平幹二朗が「シェイクスピア全37作品に挑戦する」と壮大な計画を発表したのが93年秋、60歳の時である。その年12月に東京グローブ座で、ロベール・ルパージュ演出による「マクベス」と「テンペスト」に主演し、以来「ハムレット」(94年)、「ヴェニスの商人」(94年)、「オセロ」(95年)、「リチャード三世」(95年)、「十二夜」(95年、98年)、「メジャー・フォー・メジャー」(96年)、「リア王」(97年)、「テンペスト」(2000年)と着実に実行している。

そしてこの度「冬物語」で、シチリア王リオンテイーズを主演すると同時に、シェイクスピア劇を初演出する。その挑戦心あふれる意欲と活力に敬服する。

初演出の平幹二朗の舞台は、意欲的な斬新さを感じさせる。

開演前の舞台。舞台下手に弥勒菩薩像の半跏趺座を想像させる白い衣装(照明の関係で青白いグレーに感じる)の座った姿勢の人形(のように見える)がある。初めは、ハーマイオニの彫像を象徴したもののように思われた。開演と同時に、舞台暗転の後、照明がついた舞台ではその人形と思われた像が勢いよく、軽やかに動いて、舞台中央奥へと駆け込んで去っていく。多分、それは暗転の間に人形と人間がすり替わっていると思われる。

一幕が終わって休憩の間の舞台では、今度は舞台上手にその像(あるいは人形)は位置している。

休憩後の開幕で、平幹二朗が扮するコーラス役の<時>が登場する。その時まわりのコーラス役が、その半跏座像の人形と同じ格好をしているので、それが<時>を象徴していたのだと初めて知れる。

「冬物語」の舞台は、前半(3幕まで)と後半のコントラストがはっきりしており、休憩をはさんでの2幕構成に最も適した舞台ともいえる。

前半も、最初の場面ではリオンテイーズが幼馴染みのボヘミア王ポリクシニーズを歓待し、帰国を引き留めるところまでは明るく華やかである。それはハーマイオニ役の前田美波里がもっている大輪の華やかさによって十二分に発揮される。リオンテイーズがポリクシニーズに突然、唐突とも思われる嫉妬に襲われろことから全ての不幸と破滅が始まる。

アポロの神託を疑った罰を受け、リオンテイーズは王子とその妻ハーマイオニを失う。

理不尽とも言えるこのリオンテイーズの嫉妬、激怒から悔悛の姿を演じる平幹二朗の演技が、痛ましくも腹立たしく心をかき乱させるだけに、後半のハーマイオニの彫像に向かってリオンテイーズが哀惜の言葉を語りかけるとき、その反動として観るものの心を激しく揺さぶることになる。

前田美波里のハーマイオニの生きた彫像の姿が、荘厳なまでに神々しく美しい。平幹二朗の扮するリオンテイーズがこの彫像に向かって切々と後悔の念を訴える場面ではこらえきれず、涙が出て止まらなかった。

オートリカス(松橋登)の唄、「陽気に行こうぜ この人生」では、ハムレットの 'To be, or not to be, that is the question' と、「リア王」の「赤子がおぎゃあと泣くのはねえ、このひどい世間にひねり出されたのが怖いのさ」が挿入され、そのサービスが面白くも嬉しい。

カミローの勝部演之、アンテイゴナスの西本裕行、老羊飼いの坂本長利、老羊飼いの息子(道化)の深沢敦、ポーリーナの後藤加代らのベテランが脇を固め、舞台の奥行きを深めている。

<作/W・シェイクスピア、訳/小田島雄志、演出/平幹二朗、美術/堀尾幸男
紀伊國屋サザンシアターにて、9月9日(日)楽日に観劇>

 

 

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