高木登劇評-あーでんの森散歩道
 
   演劇集団円公演 『ハムレットの楽屋』          No. 2000_011

 ハムレットの楽屋といえば蜷川幸雄の『ハムレット』を思い起こす。
 開場から開演までの30分間、舞台上で役者たちがウォーミングアップで体をリラックスさせたり、開演に備えての化粧直しをしたり、役者同士が舞台上で語らいあったり、ふざけあったりする、そういう舞台裏をのぞかせる趣向である。
 女優としても活躍したフランスの劇作家ロレー・ベロンの『ハムレットの楽屋』は、その「楽屋」そのものを舞台にしたものである。
タイトルに「ハムレット」とあるが原題は"CHANGEMENT A VUE" (『明転』)とあり、「明転」というのは観客の目の前で道具を転換することで、舞台のからくりを明らかにしたうえで、その効果を狙うものだという(『ハムレットの楽屋』のパンフレット<舞台の裏と表>より)。
『ハムレット』劇上演の初日から中日、千秋楽までの役者たちの舞台裏、楽屋での人生模様を舞台化したものである。
 その役者たちの会話、心理状態というのは、フランスの俳優たちの置かれている状況を知っているとこの楽屋話がよく理解できる。
 ありがたいことにそのあたりの事情について、青年座・演出家の伊藤大がパンフレットに詳しく書いてくれている。
 それによると、フランスと日本の演劇で最も大きく違うのは、「劇団」と「劇場」のあり方にある。
 フランスには「コメディ・フランセーズ」を除けば大劇団というのはなく、公演主体はほとんどの場合「劇場」で、プロデュース公演が圧倒的に占めていて、俳優は概してよりどころがなくきわめて不安定な立場にあり、俳優が自分で売りこむしかないということである。
 従って、一つの公演が終わると次の公演にうまくありつけるかどうかというのが常に不安としてある。
 また、公演期間も未定のことが多く、ヒットすればロングランとなるが、反対に不評であれば3日で公演中止になることもある。
 この『ハムレットの楽屋』の舞台の初日の風景は、その俳優たちの心理をよく描き出している。
 俳優たちは特定の劇団の所属ではなく、『ハムレット』公演のための寄合所帯であり、それぞれがみな異なった状況を抱えており、役者たちの求心力となるのは、何にもまして初日の舞台の成功にかかっている。
 初日につまずけば、あるいは3日で上演も切り上げとなるかも知れないという不安、それは役者人生としての不安と経済的不安とも重なってくる。
 役者人生これからという青年セルジュ(劇中劇の王妃とフォーティンブラスの役)は、舞台というものに純粋な理想を抱いており、ポローニアス役の老俳優ロジェが金のために常にあくせく次の出番を心配している姿に軽蔑を抱いている。
 マーセラスと墓堀人役のジルベールは、刹那主義者でホテル住まい、食事は常にレストラン、稼いだ金はルーレットに注ぎ込み、常に金に不自由している。そんな彼ではあるがガートルード役の中年女優ジャンヌの舞台に対するひたむきな姿に感心している。
 しかし、彼女にはこの公演が終わっても次の仕事の話が来ない。こないだけではなく、一度はあった役の話も演出家に袖にされたことから、その悔しさに憤りを皆にぶつける。
 ただ一人輝いているのはオフィーリア役でソニア。この役で当たったおかげで次の仕事が向こうからやって来て、『ハムレット』公演の延長も彼女のスケジュール調整で無事決まることになる。
 公演の延長が決まった中日になると、初日の緊張感もほぐれてお互いの気持もほぐれてくるが、その分、本音のぶつかり合いの葛藤が生まれてくる。
 そしていよいよ千秋楽。劇場と俳優たちの都合さえつけば、もっとロングランさせられるだけの成功のうちに幕となる。
 ロジェがセルジュに対して吐く台詞、「きみは僕のことを大根役者だと思っているだろう、金のことばかり気にすると軽蔑しているだろう。だけど、最後にきみにプレゼントをしよう。今のきみは、僕の若いときのそのままだ」。しんらつな台詞である。その老俳優ロジェ役の三谷昇が好演。実際の『ハムレット』の舞台で彼のポローニアス役を観てみたいものである。
 台詞は少ないが、出番は決して少なくない衣装係マリヴォンヌ役の唐沢潤も非常によかった。
 邦題の『ハムレットの楽屋』と『ハムレット』との関わりであるが、実際の『ハムレット』の舞台は一切なく、モニターを通して声だけの『ハムレット』劇である。初日は、第1幕第1場の冒頭シーンに始まり、中日は、ハムレットが母である王妃ガートルードの寝室で母への諫めをする場面、そして千秋楽には、フォーティンブラスが兵士たちに命じてハムレットの遺骸を担がせる場面で、楽屋裏の舞台進行にうまく協調させている。
 非常に楽しめる舞台であった。



作/ロレー・ベロン、訳・演出/大間知靖子
5月26日(金)18時30分開場、俳優座劇場、チケット:5000円、座席:1列13番

 

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