作/林恒宏(鐘下辰男戯曲講座受講生)、ドラマドクター/鐘下辰男、演出/西川信廣、
美術・衣裳/朝倉摂
三軒茶屋・シアタートラム
<観劇メモ> 金沢市民芸術村の「創造発信事業」が、4年の歳月をかけて結晶した成果がこの作品である。劇作家鐘下辰男の指導の元に、作者林恒宏は本公演まで14回も戯曲直しを積み重ねた苦労の果ての作品である。そして2000年2月からドラマリーデイング、劇団文学座の西川信廣による演技ワークショップ、キャストのオーデイションを経て本年1月23日〜27日まで金沢公演の後、この2月1日〜3日まで、東京公演(シアタートラム)の運びとなった。
舞台は、昭和4年、金沢の日本海に面した大野町本木医院の病院の待合室と病室。日本海の荒波が岩にあたって砕ける音が、心の底をかきたてるように響く。舞台背景は、日本海の荒波の海原を表象するかのように緑青色の波の襞(ひだ)をした形象が、舞台奥から両側面にかけて全面張りめぐらされていて、病院の室内の簡素な情景とのコントラストをなし、波の砕ける音とともにドラマの内面的情念をかきたてる。舞台の病室には、自殺を図って重態の立木良孝が眠らされており、その傍らでは、金沢の海岸に数日前に二度も現れた蜃気楼の新聞記事を読んでいる看護婦の中村富江。
そこへ立木の幼馴染みで親友の中学教師山背遼一がやってくる。ドラマの展開は、その町で一、二を争う人気芸妓すみえと立木との心中未遂事件に興味を抱いて、事の真相を探り出そうとする若い新聞記者、岡田天外の山瀬への執拗な追求から始まる。岡田は自殺の原因が山瀬にあるとみている。山瀬と芸妓すみえは以前深い仲であったが、良家の子女と結婚することになった山瀬にはそれが支障となり、すみえを立木に押しつけた。山瀬は、立木の心中はすみえが強要したと岡田に主張する。ところが岡田は、気の弱い立木はいつでも山瀬の言いなりで、すみえとの心中未遂も山瀬の押しつけで逃れられなくなった末であると推論する。岡田の推論は、兄から自立できなかった自分を立木の気持に重ねているからでもある。岡田の真相追求がサスペンス的に進行する中で、二人の会話の立ち聞きをする3人の若い女性患者がドラマの緊張感のガス抜きをして舞台を和らげる一方、病室に乗り込んできて立木を襲うすみえの父、それを止めようとして山瀬が傷を負うことで新たな緊張が走る。
事件を心配した山瀬の妻が病院にやってきて、今日山瀬が担任している生徒広瀬の家に行って来たと報告する。新聞記者の岡田から、この広瀬にからんで何か事件があったことを臭わせられるのだが、ここで初めて事件について内容を知ることができる。山瀬はその生徒を木の定規でなぐって、運悪く目にあたって片目を失明させたのだが、悪いのは息子の方だとその母親も言ってくれていたと告げる。その山瀬の妻から語られる立木は、岡田のみている立木とは異なり、お金の問題からなにまですべて山瀬に依存しているどうしようもない人物である。この事件の背景がまるで<藪の中>じみてくる。
すみえの妹みよが姉の好きな「浜辺の歌」を歌うのが波の音とともに微かに聞こえてくる。立木の母たきがすみえを襲う。みよは病室のベッドに縛られている立木を紐解く。そこへかけつけた山瀬に立木は、「蜃気楼」が、山瀬から自立しようとする自分を自殺(心中)に誘ったのだと激白した後、舌を噛み切って自殺して果てる。
「蜃気楼」は、カミュの『異邦人』の「太陽」の不条理を感じさせる。
<寸評> ☆☆☆
4年の歳月の結晶の成果を十分に、ずっしりと感じさせてくれる。 |