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今、ブレヒトが見直されておりのであろうか、昨年からブレヒトの作品の上演を目にする機会が増えているような気がする。昨年9月に、田中壮太郎演出による『セツアンの善人』を劇団俳優座の公演で観劇しているが、翌10月には世田谷パブリックシアターで白井晃上演台本・演出でも公演され、今年の10月にはシアター✕のプロデュース公演として『三文オペラ』が上演され、2026年の年明け早々には世田谷パブリックシアターで『コーカサスの白墨の輪』の公演が予定されている。
『セツアンの善人』を観るのは、俳優座の公演以来二度目である。俳優座の公演は、市川明翻訳で田中壮太郎が脚色した上演台本・演出によるが、今回のは、酒寄進一翻訳でカズによる上演台本・演出。
田中壮太郎の上演台本は後半部が原作と内容が異なるというので、原作に忠実(?)な上演は今回初めて観ることになる。原作を初めて読んだ時にはよく分からなかったものの、田中壮太郎の演出ではその内容がよく分かったと観劇日記に記しているが、今回はそれ以上にシンプルに理解できた。
全体の構造としては、水売りのワンが舞台進行の狂言回し的な存在として見え、田中香子が演じるシェン・テとシュイ・タの両性具有のヒロインが中心的な核となってドラマが展開していく。
物語は、セツアン(四川省)のとある架空の都市に、三人の神さまが「善人」を探し求めてくるところから始まる。
水売りのワン(美波南海子)が、神さまのために宿を必死に探し求めるが、誰も理由をつけて泊めようとしない。最後に行き着いたのが売春婦のシェン・テ。神さまはそのお礼に、シェン・テに千円という大金を与え、シェン・テはそのお金を元手にタバコ屋を買い取って商売を始める。
そこから、善人としてのシェン・テと彼女の従兄シュイ・タが交互に現れ、善と悪のドラマが展開されていく。
シェン・テをだます元飛行機乗りのヤンが悪を象徴化する人物として登場する。彼女をだましている間の彼は憎らしいほどの悪人を感じさせるが、シェン・テをだましているときの憎々しい言動を日野一七が実にうまく好演。
シュイ・タがシェン・テであることを見抜くのは、タバコ屋の元の持ち主、未亡人のシンであるが、そのシンを演じる熊谷里美が狂言のシテを感じさせる役割をうまく演じていたのも印象的であった。
この劇を緊張感をもって引っ張っていっていたのは、出ずっぱりのシェン・テとシュイ・タを演じる田中香子で、その二役の性格の違いをメリハリのある好演で注目をひきつける演技であった。
そして何よりもドキッとさせてくれたのは、この劇が終わったと思った後であった。妊娠7か月のシュイ・タの姿をした彼女が、お腹から詰め物を取り出し、「お客様、お腹立ちになりませんように。わたしらにもわかっちゃいるんです、こいつがまっとうな結末じゃないってことは」(加藤衛訳)に始まるエピローグの台詞である。
このエピローグの台詞は俳優座の公演ではなかったように記憶している。それで、これは田中香子が終幕後にとっさに思い付いた台詞に聞こえ、シェイクスピアの『お気に召すまま』のヒロイン、ロザリンドのエピローグを思い出し、すごく新鮮に感じるとともに驚きもし、とてもよかった。
彼女の周りを固めていた他の主な出演者は、三人の神の一人、一の神の蕃藤松五郎、大家のミー・チュー夫人役の原島裕子、飛行機乗りの母親ヤン夫人の樋川恵利など、総勢20名。目立ったのは、女性陣の出演が圧倒的に多かったこと。一部ダブルキャストで、「けむり」組と「みず」組の二部制で、自分が観たのは「けむり」組。
上演時間は、途中休憩5分をはさんで、2時間20分。コンパクトにまとまって、シンプルに理解しやすい演出であった。
作/ベルトルト・ブレヒト、訳/酒寄進一、演出・台本構成/カズ
11月20日(木)14時開演、赤坂・A-root akasaka、チケット:5000円、全席自由
座席:9列5番、パンフレット:1000円
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