|
永井愛がチェーホフ作を翻案化した劇は以前に『萩家の三姉妹』を観て感動していて、今回の『狩場の悲劇』にも非常に興味を感じ、全く知らない作品だったのでアマゾンで『狩場の悲劇』で検索してヒットした本を購入したものの、タイトルも内容も異なっているので翻訳による違いかと思っていたが、やはり別物だった。
しかし、結果的には何も知らなくても十分に楽しめたし、むしろ知らないほうがこの作品の性格上よかったといえる。それは、この劇の終盤になって分かることだが、この作品が推理小説仕立てとなっていることから、何も知らないほうが最後の大詰めの場を、緊張感をもって楽しめることになる。
かつて予審判事であったセリョージャが、自分の書いた小説を預けていた編集長の所にやってきて、その出来具合を尋ねるところから始まる。
編集長はまだ読んでいないと言うと、セリョージャはその作品を返してくれるように頼む。
セリョージャは、自分でその作品の内容を語り始め、そこから劇の進行が二重構造となって、彼の小説の中身が入れ子となって、編集長と物語を語るセリョージャの二人が外枠となって、ときどき、編集長がその進展の中で突っ込みを入れる。
小説に登場する主だった人物は、予審判事のセリョージャ、彼の友人である伯爵カルネ―エフ、伯爵家の管理人(執事)のウルベーニン、森番とその娘オーリャ、セリョージャの恋人ナージェニカなど。
これらの登場人物を通して、主筋とは別に、当時のロシアを取り巻く社会情勢などの背景が垣間見られるという興味深さがある。
その一つに森番の話がある。彼は前の主人である男爵に可愛がられ読み書きができ知識も深かったが、その男爵が亡くなって跡を継いだ息子に疎まれ、クリミヤ戦争の前線に送り込まれる。帰って来てからの彼は人が変わってしまい、今でいうPTSDの症状となって気が狂い、しゃべる言葉は「カギはかけたか!」だけである。
森番の娘オーリャが父親に教えられた詩を歌っているところを森で見かけたセリョージャが、彼女を恋するようになる。彼には、彼を慕う恋人ナージェニカがいるが、彼は彼女の父親の下種な言葉に嫌気をさして彼女から遠ざかっている。
一方、伯爵の執事ウルベーニンも、親子ほど年の違うオーリャに恋していて、彼女に贈り物をして彼女の気をひきつけ、結婚することになる。
ところが結婚式の当日、オーリャは当日の付添人であるセリョージャを愛していたことに気づき、二人はあろうことかそこで関係を持つ。しかし、オーリャは何を思ってか、ウルベーニンとそのまま結婚し、セリョージャとの関係を続けることにする。
森の妖精と思っていたオーリャが、実は物欲の塊のような悪女の姿を現していき、伯爵とも関係を持つようになり、夫のウルベーニンを裏切るだけでなく、彼を泥棒扱いして伯爵家から追い出してしまう。
そんなオーリャは、伯爵家の使用人スイチーハから、「あんたは農奴の生まれだ」と、出自の卑しさを暴かれる。
伯爵家にはほかに謎の食客プシェホーツキーなる人物がいる。彼は伯爵から大金をもらっては故郷のポーランドの家族に仕送りしているという。伯爵がオーリャに恋して彼女に貢ぐようになって財産が底をつくと、伯爵家の金目の物を盗んでは金に換えている。執事のウルベーニンが犯人にされた泥棒の張本人が彼だったのが分かる。
伯爵は、物欲の塊オーリャから逃れ、セリョージャの恋人で会ったナージェニカと結婚する決意をし、彼女の父親を招いて森の狩場で狩りを催す。その決意を表明するその時になって、ポーランドからプシェホーツキーの妹がやってきて、彼女が伯爵の妻であることが公にされる。
プシェホーツキーは、ロシアから攻められてポーランドは何もかも奪われ、妹も奪われたことを激白する。しかし、伯爵は彼女が淫売婦であることを理由に、彼女から逃げる為に、邸をはじめ財産総てをプシェホーツキーに譲ってしまい、一切の財産を失った伯爵は、セリョージャの馬丁となり果てる。
一方、森ではもう一つ、大きな悲劇が起こっていた。オーリャが何者かに刺され、瀕死の重体であった。彼女を今でも愛しているウルベーニンがそれを見つけ、助け起こして血だらけになっているところを発見され、彼が彼女の犯人だとされ、拘束される。そのことを一部始終見ていたのが伯爵家の家僕クジマであるが、彼が犯人を知っていることを口にしたことで翌朝まで納屋に拘束されるが、夜中に何者かに絞殺されてしまう。
予審判事としてのセリョージャが、瀕死のオーリャに犯人を見たか尋ねるが、彼女はその名を口にしないまま亡くなってしまう。
裁判では結局ウルベーニンが犯人とされ、シベリヤへと送られることになる。
編集長は、真犯人についての真相が抜けているとこの小説の欠点、難点をあげ、その犯人こそ予審判事であったセリョージャだと指摘する。
編集長と予審判事のセリョージャの二人でこの入れ子の小説を語っていく劇で、最後の最後では、この編集長がチェーホフその人、アントンであることを表す。
この『狩場の悲劇』は、チェーホフが24歳の時、生活のために書いた小説で、彼自身は評価していなくて全集にも入れていない作品だというが、それを見出して珠玉の劇に仕立て上げた永井愛の構成力、構想力に感嘆する。
出演は、主人公の予審判事セリョージャに溝端淳平、編集長に亀田佳明、伯爵カルネ―エフに玉置玲央、オーリャは原田樹里と川添野愛のダブルキャストだが、自分が観たのはどちらか分からない、ナージェニカに大西礼芳、プシェホーツキーに加治将樹、ウルベーニンに佐藤誓など、総勢11名。個人的には、シェイクスピア劇でなじみのある佐藤誓を久しぶりに観ることが出来、その演技を楽しんで観た。
上演時間は、途中休憩15分をはさんで、2時間45分。ずっしりと見ごたえのある劇を楽しんだ。
原作/アントン・チェーホフ、脚色・演出/永井愛、美術/太田創
11月15日(土)13時開演、紀伊國屋サザンシアター、チケット:7000円
座席:9列5番、パンフレット:1000円
|