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「和物」の舞台が難しい時代になっている。舞台装置を含め、着物を着ての所作もその一つであるが、今回のような「紀州弁」など古い方言を伴った舞台などは一層難しく、困難な時代となっている。
この伝統を保っていくには定期的な再演によって次の世代の役者に継続的に伝えていくことが大事で、また必要でもある。その意味では今回の文学座の『華岡青洲の妻』の公演は貴重なものだと言えると思った。
文学座では、1970年に戌井市郎の演出により、杉村春子の於継役が当たり役となったことで有名であるが、残念ながら自分は一度もこの舞台を観ることができていない。
しかし、比較という意味では、今回の文学座公演の少し前に大竹しのぶ主演の『華岡青洲の妻』が公演されているので、その舞台を見ていれば比較もできるのだが、チケットも取れにくいだろうと考え、それにチケット代も高くて手が出ないだろうと思って最初からあきらめていた。
原作となっている有吉佐和子の小説はその昔、『華岡青洲の妻』や紀州ものの作品を読んだこともあり、作品そのものにも興味があって、公演案内が出たとき、すぐに予約をした。
出演者の顔ぶれを見ると、主演をはじめとして全員知らない俳優ばかり。文学座の舞台はかつて会員でもあったこともあってかなり見てはいるほうだが、誰も知らない俳優の舞台というのは初めてだった。
『華岡青洲の妻』といえば、青洲が麻酔薬を完成するまでに彼の母親である於継と妻の加恵が、その人体実験に身を捧げるのに競い合う場面と、於継と加恵の嫁姑の冷ややかな争いが大きな見せ場となっているのが相場だが、鵜山仁の演出では青洲の医術へのあくなき追及心と、医術の限界に対する気持ちまで含めたものが大きく感じ取られた。
青洲は、妹の於勝を乳がんで失うが、「乳房」は女の命でそれを切れば死ぬという常識が、牛の角で乳房を抉られてなお生きている女を見て、乳房を切っても死なないことを悟り、乳がんに苦しむ老婆お勘の手術を決心する。
乳がんの手術という一つの難関を超えたかと思えば、下の妹の小陸が血流で苦しんでいるのに、それに対して青洲は手も足も出ない。医術に対して病が尽きることなく、次の時代に託さざるを得ないという医術の限界を嘆息する。
於継と加恵の嫁姑の冷ややかにして激しい争いの見せ場も大いに堪能したが、小陸と青洲の弟子米次郎との恋、そして小陸が母親の於継と兄嫁の加恵の燃え上がる情念の争いを見て、嫁となって家に入る結婚を恐れ、ついには米次郎をあきらめる姿など、人間ドラマを満喫させてくれる舞台であった。
出演は、於継に小野洋子、華岡青洲に采澤靖起、加恵に吉野実紗、於勝に太田しづか、小陸に平体まひろ、青洲の弟子良庵に石川武、米次郎に小谷俊輔、他、総勢13名。
上演時間は、途中休憩15分をはさんで、3時間。
「和物」の芝居を存分に楽しんだ。
作/有吉佐和子、演出/鵜山仁、美術/乗峯雅寛
10月26日(日)16時30分開演、紀伊国屋サザンシアター、チケット:5500円
座席:10列9番、パンフレット:500円
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