高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
    新国立劇場公演 『焼肉ドラゴン』       No. 2025-022

 『焼肉ドラゴン』は、2008年に新国立劇場10周年記念の一環として日韓合同で初演され、今回は日韓国交正常化60周年を記念しての再演である。
 開場されて劇場内に入ると、舞台上ではにぎやかな宴会の場が催されていて、懐かしい歌の数々が歌われている。パク・スンチョルのアコーディオンとチェ・ジェチョルの太鼓に合わせて歌っているのは、三姉妹の三女を演じるチョン・スヨン。
 出演者を初演と比較してみると、焼肉屋の妻高英順を演じるコ・スヒや梨花の夫の哲夫を演じる千葉哲也を含む4割ほどが前回と同じ役で出演しており、残りは今回初めての出演。
開演の合図もなく客電が静かに消えていき、焼肉屋の息子時生が立っている下手の長屋の屋根の上を、飛行機の轟音が通り過ぎていく。
その時夫は、いじめで不登校となり、出席日数が足らず留年を告げられた日、その屋根の上から身を投げて自殺する。彼は、劇中においてこの物語の語り部として見ている存在である。
 舞台はいきなり焼肉ドラゴン店主の次女梨花が憤慨しながら店に戻ってくるところから始まる。
 彼女の夫哲夫が婚姻届けを市役所の職員と言い争って破棄してしまったからだった(彼のその行為の本心は、彼女との結婚を本当は望んでいなかったからだと後になって推測される)。
 梨花は明日もう一度で直せばいいと周りからなだめられ、哲男は梨花に謝罪するものの、胸の中に大きな穴を抱えていると慨嘆する。その穴が何なのか哲夫にも分からないのだが、それは劇の進行の中で徐々にはっきりと見えてくる。
 梨花と結婚した哲夫は、働いていた九州の炭鉱がつぶれ、大阪では空港の工事で上司とけんかして辞め、今は職にも就かず毎日ぶらぶら遊んで暮らして梨花のヒモのような存在となっている。
 そんな二人の結婚生活はすぐに破綻してしまうのだが、それは梨花の浮気だけでなく、哲夫の心の空洞の原因のせいでもあった。哲夫は、梨花ではなく彼女の姉である静花をずっと愛していて、彼女をあきらめきれないでいたからであった。
 時代は高度成長期の真っ只中。焼肉ドラゴンのある空港そばの朝鮮人集落も開発で立ち退きを強いられている。もともと国有地であるが、焼肉屋の店主龍吉は、酒屋の佐藤さんから買ったものだと言って、最後まで立ち退きに応じない。しかし、今や強制執行の措置が取られることになり、一家は離散することになる。
 哲夫は北朝鮮に行く決心をし、静花に婚約者が現れたとき、その婚約祝いの場で哲夫は婚約者の手から彼女を奪い取り、二人は北朝鮮に行くことになる。
 哲夫の妻であった梨花は離婚後2か月もしないで、浮気の相手と再婚することにし、三女の美花は既婚者で今は離婚した日本人の男性と結婚するという。二人とも、母親の反対を押し切っての結婚である。
 こうして三人の娘たちはそれぞれ別の世界へと別れ別れになっていく。母親の高英順は、離れ離れになっても家族の絆は離れないと言ってそれぞれを送り出し、桜の花びらが散る中を夫の龍吉のリヤカーに乗って消え去っていく。それを、屋根の上から時生が大きく手を振って見送る。桜吹雪はますます激しくなって、暗転。
 その静寂を破ってすぐに遠雷のごとく大きな拍手が鳴り響き、それがついには落雷のような拍手となって、カーテンコールがいくたびも繰り返される。
 出演は、焼肉ドラゴンの店主金龍吉にイ・ヨンスク、その妻高英順にコ・スヒ、長女金静花に智順、次女金梨花に村川絵梨、三女の金美花にチョン・スヨン、長男金時生に北野秀気、梨花の夫李哲夫に千葉哲也、他、総勢14名。千葉哲也は稽古中、息切れで何度も休憩を要求したというが、その迫力は存分にあった。
 上演時間は、途中15分の休憩をはさんで 3時間。どっしりとした重量感を楽しむことができた。


作・演出/鄭義信、美術/島次郎、照明/勝柴次朗、音楽/久米大作
10月11日(土)13時開演、新国立劇場・小劇場、チケット:(B席)3300円
プログラム:1000円、座席:RB37

 

2008年 4月19日(土) 日韓合同公演 『焼肉ドラゴン』

作/鄭 義信、演出/鄭 義信、梁 正雄、美術/島 次郎
出演/申哲振、高秀喜、粟田麗、占部房子、朱仁英、若松力、千葉哲也、笑福亭銀瓶、水野あや、他
新国立劇場・小劇場

【観劇メモ】
 鄭義信との共同演出者である梁正雄が鄭の作品を称して「東洋のチェーホフ」と語っているが、この『焼肉ドラゴン』の焼肉屋の三姉妹は、チェーホフの『三人姉妹』に似ている。
 特に長女の静花(粟田麗)の後半部での、10年後、20年後には自分たちのことは忘れられてしまうだろう、という台詞はチェーホフのオリガの台詞を髣髴させる。
 劇全体はチェーホフより喜劇的あるが、その根底ではチェーホフより一層悲劇的である。
 焼肉屋ドラゴンの主人金龍吉(申哲振)が、その妻高英順(高秀喜)に繰り返し吐く台詞、「・・・それがお前の宿命であり、わしの運命」だという諦念は、三人姉妹の「生きていかなくては」というリフレインに通じるものがある。
 ドラマ全体から受ける迫力感と対照的に、最後の場面の申哲振の静かで、澄んだ遠くを見つめるような眼が、いかにも切なくて涙がこみ上げてきた。
 彼ら夫婦の長男時生(若松力)がトタン屋根の上で、「この町が嫌いだ、この町の人間が嫌いだ」と叫びながらも、本当は「この町が好きでたまらない、この町の人が好きでならない」と言い換えて叫ぶ・・・それがその悲しみの気持を増幅する。
 その時生は、実際にはこのドラマの途中で、在日韓国人差別のいじめが原因で不登校となり、出席日数の不足から留年が決まった日、その屋根の上から飛び降り自殺していて、実際にはもう存在していない。
 時は、大阪万博の年。場所は、その大阪の在日韓国人が終戦後のドサクサにまぎれて不法に居住してきた国有地の一画。そして彼らは今、その国有地から追い払われようとしている。
 三人姉妹は紆余曲折を経て、それぞれに結婚するが、その三姉妹の未来に明るい見通しはない。
 特に長女の静花は、幼馴染の哲男(千葉哲也)とユートピアを求めて北朝鮮に渡っていこうとしている。
 現在のわれわれの眼から見れば、二人が描いていたものが幻想であったがことがはっきりとわかるだけに痛々しく感じる。
 大阪万博も僕にとってはまさに同時代的であり、当時における北(朝鮮)がユートピアであったことも理解できる。
 ハングルと日本語が混合して飛び交い、ダイナミックなドラマであった。
 申哲振、高秀喜の二人の演技が印象的で心に残り、感動が怒涛のように波打って、カーテンコールの後もしばらく椅子から離れられない気持であった。

 

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