インパクトのある、劇団俳小ならではの上演だと感じ入った。とはいうものの、俳小の舞台を観るのは今回が二度目に過ぎないのだが。初めて観たのが2014年9月、明星大学50周年記念で、明星大学のシェイクスピアホールで公演された『どさ回りのハムレット』で、これが最初で最後であった。
『どさ回りのハムレット』は作者不詳の劇で、18世紀のドイツの巡回劇団が所有していた台本を俳小が大衆演劇に仕立て上げた劇で、初演は1998年。俳小はこの上演で、池袋演劇祭第10回豊島区長賞を受賞している。
今回で2回目でしかない俳小を「俳小ならでは」と自分が言うのは、この『どさ回りのハムレット』を観たことによって、この劇団の印象を決定づけたと言っても過言ではない。その言葉が誇張ではないのは、今回の舞台がそれを証明してくれている。
今回の演目や作者については自分にとってはまったく初めてのものであったが、公演当日にもらったパンフレットに記された内容だけで十分納得、理解できる情報であった。
それによると、この劇は1890年にヘンリー・ローソンが短編小説『家畜追いの妻』を「ブレティン」誌に発表し、国民文学となり、今ではオーストラリアの中等教育の教科書に必ず学ぶ「古典」となっているのを、先住民劇作家のリア・パーセルが、このオーストラリアの「伝説」を新たに語り直し、創作し、2016年に初演し、同年の戯曲賞、文学賞、最優秀新作オーストラリ演劇などの数々の賞を受賞する。にもかかわらず、この作品は、その後オーストラリ国内は勿論、他国のカンパニーでもまったく上演がないという。
劇団俳小では、これまでにも今回と同じく、佐和田敬司訳によるオーストラリア演劇を4作品上演している。自分は情報不足で残念ながらいずれの作品も観る機会を得ていないが、今回は出演者の一人である岡本高英氏の御好意によって幸運にも観る機会を得ることが出来た。
この劇の作者リア・パーセルは、1990年代に舞台女優としてスタートしたが、当時のオーストラリア演劇界では先住民の役柄は限られていたため、パーセルは自ら作品を作り上げることで自分が演じられる役柄を広げていき、この『家畜追いの妻』では、アボリジナルである彼女が自ら主人公を演じた。
言うなれば少数派の劇である。『どさ回りのハムレット』も埋もれた作品である。そこに劇団俳小の真骨頂を見る。
この劇は問題の多い劇で、開演前に上演上の問題として、暴力、銃声などの大きな音、差別、性暴力などあり、いわゆるトリガー・アラートの説明があった。
さて。いよいよ舞台の開幕である。客電が落ち、舞台が暗転し、再び舞台に照明が当たる。
舞台上には、上手側に、大きな材木の丸太を枕にして、一人の男が大の字になって寝そべっている。生きているのか、死んでいるのか?!男の首には、鎖が巻かれている。
下手側に、身重の女がその男に銃を向けている。女は男に向って何度も声をかけるが、その男は身動き一つしない。そこへ、食べ物を求めて一人の浮浪者がやって来る。
その浮浪者によって、丸太を枕にして寝ている男の正体が明らかにされる。男は、近隣の村で人殺しをして捕まって処刑されるところを逃亡して追われている身の上であったが、罪とされている殺人は犯していないと釈明する。
女は浮浪者を追い払った後、目覚めた男に銃を向けたままであるが、突然、産気づく。男は手を貸そうとするが、女は男が「黒人」であることから、彼から触れられるのを拒否するが、最後は彼の手を借り、結局死産に終わり、男はその赤ん坊の埋葬を手伝うという。男は自分の名前や生まれ、境遇を語り、女は家畜追いの妻で名前をモリー・ジョンソンだと明かして、二人の距離は少しずつ縮まっていくが、女は男を名前ではなく「黒人」としか呼ばない。
女の正体は家畜追いの妻としか明らかにされないが、彼女が男を執拗に「黒人」としか呼ばないことや、彼女の過去の出産を手伝った黒人の女の話から、男は彼女の隠された正体を見抜いている。
お産のために年下の子供たちを預かってもらうために隣村の知人の女性宅に行っていた長男のダニーが戻ってくる。ダニーは初め黒人のヤダカを見て驚くが、すぐに親しみを覚えるようになる。
行商人が来て、ヤダカが逃亡中の殺人犯だと感づき、それを聞いた警察官がモリーの所にやって来る。ヤダカに拳銃を向けて今にも発砲しそうとなり、モリーはその警官を銃で撃ち殺してしまい、事態はますます緊迫感に覆われていく。
その一方で、かつてモリーのお産を手伝った黒人の女性の話から、次第にモリーの過去が明らかにされていく。
モリーの母親は、モリーを生んだ後すぐに亡くなり、そのモリーを取り上げたのがその黒人の女性であったこと、モリーは父親と二人きりで暮らしていたことなどがミステリー小説風に明らかになっていき、モリーの母親が先住民であったこと、父親はスコットランド人であったことなどが分かってくる。
先住民にしては色が白いモリーは、自分が先住民の子であることを知っていたのかどうか?!
預けていた兄弟たちを引き取りに行ったダニーはそこでモリーが死産だったことを告げると、却ってよかったのだと言われ、モリーが黒人をかくまっていることが知られて、ダニーの弟たちは保護のために監獄に送られてしまう。ダニーは色が少し黒いのは先住民の隔世遺伝で、4分の1は先住民の血だと告げられる。
一方、家畜追いに現れないことを怪しんで、ジョンの仲間たちがモリーの所にやって来る。これまでモリーは、夫は家畜追いに出かけていると言っていたのが、嘘であったことが知られる。ここらあたりがすべてミステリー風に展開されて、ハラハラドキドキの面白さが加わる。
ヤダカが着ている服や履いているブーツがモリーの夫のジョンのものだと気付いて、ジョンの仲間のパーセンはヤダカを追及し、傷めつけた後に縛り上げ、絞首刑にする。一緒に来ていたもう一人の仲間が、気絶しているモリーを犯す。
気絶から目覚めたモリーは、ヤダカに与えていたブーツをダニーに渡す。ダニーはヤダカが言っていた素足で大地を感じる方がいいと言うが、ブーツを履いて一人前の男だとモリーに言われてブーツを履く。
そしてモリーとダニーの二人は、ヤダカが教えてくれた森の洞窟へと向かって去っていくところでこの舞台は幕を閉じる。
出演は、ヒロインの家畜追いの妻モリーに、元宝塚歌劇団月組の月船さらら、黒人ヤダカに劇団温泉ドラゴンの筑波竜一、モリーの息子ダニーに根本浩平、劇の最初の方だけに登場した浮浪者のトマスに大久保たかひろ、家畜追いの仲間のパーセンにフリーの岡本高英、ほか左京翔也、駒形亘昭、井上覚を含め、総勢8名。
劇の中心人物、モリーの月船さららと黒人ヤダカの筑波竜一、息子のダニーを演じた根本公平ら三人の密度の高い演技、冒頭部だけの登場の浮浪者役の大久保たかひろの不安を予兆させる演技、後半部で登場するパーセンをダイナミックに演じた岡本高英の演技などに印象深いものがあった。
先住民作家であるリア・パーセルの『家畜追いの妻』に対するこだわりは、この作品を小説化した後、さらにシナリオ・監督・主演で、2021年に『家畜追いの妻 モリー・ジョンソンの伝説』として映画化し、オーストラリアとアメリカで上映されたことにも現れている。この劇の元になっているヘンリー・ローソンの短編小説と合わせて、是非観たいものだと思った。
上演時間は、休憩なしで1時間50分。緊迫感を楽しませてもらった。
作/リア・パーセル、翻訳/佐和田敬司、台本・演出/山本隆世、美術・衣装/佐々波雅子
7月21日(月)13時30分開演、シアターグリーンBOX in BOX THEATER
料金:(シニア)4500円、全席自由(一番乗りで最前列中央の席確保)
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