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『八月の鯨』は、1980年にリーディングから始まり、その後ニューヨーク、シカゴで上演され、87年に作者自身によるシナリオで映画化され、日本では民藝が2013年に劇団民藝によって上演され、今回は12年ぶりの再演となる。
今回、5人の出演者のうちサラ役の日色ともゑとロシアの亡命貴族マラノフを演じた篠田三郎が同じ役で再度の出演。サラの姉リビーを初演の奈良岡朋子から樫山文江が変って演じ、なんでも屋の老人ジョシュア役の小杉勇二とティシャ役の細川ひさよも今回新たに出演(自分は残念ながら初演は観ていない)。
劇の時代は、1954年8月、場所はアメリカのメイン州沿岸にある島。その島にある別荘でリビーとサラの姉妹は毎年夏を過ごしている。その島では、かつて鯨がやってきて、姉妹はその鯨を心待ちにしているのだが、この舞台の2年前から鯨がこの島にやって来ることはない。それでも姉妹は鯨がくるのを待っている。
時代は今から70年も前の話だが、今に通じる内容の会話が交わされる。一つはこの島にやってくのは高齢者がほとんどで、今の高齢化社会を彷彿させる。今一つは、鯨が来なくなったのは海流の流れが変わって、鯨だけでなくアザラシなども来なくなった原因を、気候変動のせいだと語っているところである。さりげなくその言葉が発せられるのだが、70年も前にすでに現代問題にされている地球温暖化の兆候、気候変動が現れていたのだということを思い知らされる台詞であった。
この劇は、1943年にコロラド州デンバーで生まれ、メイン州で育った劇作家のデイヴィッド・ベリーの大伯母や祖母をモデルにした心象風景ともいえるもので、2013年9月の民藝による公演時、作者が来日し「作者からのひと言」を寄せている。その中で、<アメリカで「老い」という言葉がネガティブな意味合いを持ち始め、老人は二流国民として扱われ、国民生活の端っこに追いやられるようになった頃には、彼らはすでに年寄りでした。>と記し、さらに<しかし決して生きることを止めてしまったわけではありません。私は彼らを愛し、彼らから学びました。>(パンフレット『民藝の仲間』432号から)と続けている。
民藝の舞台では、作者ベリーのこの作者からのひと言の思いが見事に表出されている。舞台上の出来事はわずか2日間であるが、その僅か2日間の出来事(出来事というほどのことは何一つ起こらないのだが)の中で、劇そのものは淡々と進むのであるがすべてが凝縮されて感じ取られる。
主演の樫山文江と日色ともゑはともに80歳を超えており、この劇の登場人物の実年齢と重なってくるのだが、旺盛な活動力には感歎する一方、これから先、いつまで観ることが出来るのだろうということも、ついつい思ってしまった。
上演時間は、途中15分間の休憩を入れて、2時間。
いい劇を観たという静かな満足感で、劇場をあとにした。
作/デイヴィッド・ベリー、訳・演出/丹野郁弓、装置/勝野英雄、照明/前田照夫
2月12日(水)18時30分開演、紀伊國屋サザンシアター、
チケット:5000円、座席:7列4番
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