高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
    女鹿伸樹朗読会・第5回 『紙風船』と『絹ごし』         No. 2024-033

大正時代の若夫婦と令和の熟年カップルのお話しの朗読劇

 女鹿伸樹はこれまで江戸川区立中央図書館では、太宰治の作品を中心に朗読を続けてきたが、今回はじめて岸田國士作の『紙風船』と、友人である高橋りりすの作品『絹ごし』(短編集)を、倉橋秀美と二人で朗読した。
 開催場所の江戸川区立中央図書館が自宅から遠方であることと、交通の便があまりよくないことからこれまで不義理をして今回初めての参加だったので、これまでがどのような朗読会であったのか知らなかったこともあって、『紙風船』を女鹿伸樹、『絹ごし』を倉橋秀美が、別々に一人で朗読するものと思っていた。
 ところが、両作品とも二人一緒になって朗読したが、両方とも登場人物が夫婦二人だけということもあって、二人の朗読がそのまま舞台劇としてリアルに迫って聞こえ、ぐいぐいと引き込まれていった。
 岸田國士作の『紙風船』は、若い夫婦の日曜日のとりとめのない会話であるが、二人の会話の間合いがゆったりとした中にも、時として緊張感を感じさせる緊迫の場面もあって、その若い夫婦を演じて語る二人の語り口の間合いとアンサンブルが絶妙で、ただただ聴き入った。
 若夫婦の会話は、たとえてみれば、閑静な風景の中に池があって、その池に小石をぽつんと投げてできた波紋が、静かに広がってそのまま静かに消えてゆくような会話で、その中に何とも言えない趣きと余韻を残すものがあった。
 『絹ごし』は、高橋りりすの短編集でこれまでに作者自身の朗読で聴いたことがある作品であるが、二人の朗読では、同じ作品でも全く異なった感じを抱かせるものがあった。
 プロローグとしての「誰も私の話を聞いてくれない」に始まって、「犬が三毛」(妻の無知をあざ笑う夫のアクセントから、イヌガミケ(犬が三毛)と『犬神家の一族』を聞き違えた話)、「水瓜の種」(西瓜の種が畳の上に散らかったままだという夫の難詰に、妻が夫がつけたタバコの火の跡だと言い返す話)、「妻、カゼに舞う」(夫に風邪をうつされた妻が寝込んでゴミ捨てを夫に頼んだら、それを見た実情を知らない近所の主婦たちから「よくできたご主人」だと評判になる皮肉な話)、「ハンバーグ1」(出かけていた妻の分のハンバーグまで食べてしまった夫に対する妻の怒りと怨みの話で、食べ物の怨みは怖ろしい)、最後はこの短編集のタイトルになっている「絹ごし」(妻は絹ごしが好きにもかかわらず夫に合わせて木綿豆腐で42年間我慢してきたが、たまたま木綿豆腐が売り切れて絹ごしを買ってきたら夫に罵倒され、怒りが爆発し、そばにあった花瓶で夫を撲って逮捕された妻が、「刑務所では絹ごしが出るでしょうか?」というオチで終るサスペンスとユーモアのある)を朗読劇として語った。
 いずれのエピソードも実にリアルに夫婦の生活を描き出しているので、妙に納得感を感じながら、時にサスペンス的な展開を面白おかしく聴き入った。
 これは二人の語り口もさることながら、作者の観察眼の鋭さとユーモアを感じさせる佳作である。
当日、作者の高橋りりすもこの朗読劇の聴衆の一人として参加されていた。
 二つの作品を合わせてわずか1時間足らずの朗読劇であったが、実に充実した内容で、女鹿伸樹と倉橋秀美両人の朗読に満足感に満たされ、同じく参加されていた友人のOHさんと途中新宿まで一緒に、帰路2時間半をかけて帰宅した。
 この日は最高気温が14℃という天気ながらも中央図書館は現在外壁改修工事中のため全館のエアコンが使用できないということで、出演者のお二人が参加者全員にホッカイロを配るという配慮をされており、お二人の人柄の温かさにも感じるものがあった。感謝!!


岸田國士作『紙風船』、高橋りりす作『絹ごし』(短編集)
11月24日(日)、江戸川区立中央図書館・視聴覚室、入場無料

 

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