シェイクスピア劇の劇団名を負っているのでシェイクスピア劇を専門に上演していくのかと思っていたが、旗揚げ公演の『マクベス』に続く第二弾は、なんとアーサー・ミラーの『るつぼ』であった。
シェイクスピア・シアター時代からシェイクスピア劇を専門に演じてきた劇団代表の平澤智之にとっては、初めてのシェイクスピア以外の作品で、しかも結構難しいアーサー・ミラーに初挑戦である。
もっともこの作品は、もう一人の劇団創設者で代表者である高村絵里のチョイスであることはすぐにわかった。
個人的には、この劇を初めて観たのは、2014年、ロンドンのオールド・ヴィック劇場で、イェイル・ファーバー演出、その時の<私の感激満足度>は五つ星をつけている。
その後、日本では、2019年2月に、新国立劇場演劇研修所第12期生の終了公演を水谷八也訳、宮田慶子演出で、新国立劇場・小劇場で観ているのだが、なぜか、文学座のアトリエ公演で観たことがあるように錯覚して記憶していて観劇日記を見直すまで気づかなかった。
シェイクスピア劇上演を目的に立ち上げたこの劇団が、どのようにこの難しい『るつぼ』を上演するか、興味と期待感があった。
日程の都合で自分が観劇したのは、上演二日目の夜の部で、あいにくと観客は10数名から20人前後ではなかったかと思う(前方に座っているので、後部席の確認ができない)。
開場とともに劇場内に入ると、ホリゾント全面にボッティチェルリの「春」の絵が映し出されている。
ホリゾントの絵画は場面に応じて変わり、エヴァレット・ミレーの小川に浮かんだ「オフィーリア」や、ゴッホの絵、さらにはピカソの「ゲルニカ」が終りの場面で映し出され、場面における雰囲気を伝える役をしている。
何の合図もなく、少女たち役などの出演者が舞台上に三々五々現れ、ホリゾントの絵画は春ののどかな田園風景を感じさせる絵に変わっていて、何もない舞台の床に、二人の老年に近い中年紳士が座り込んで、カントリーロードの曲を、一人がギターを弾き、二人で歌い始める。
歌い終わったところで、メアリー・ウォレン役を演じる山本麻祐がマエセツとして諸注意などを台詞調に語って、そのまま舞台は少女たちが森の中で遊んでいる場面となっていく。
メアリーや他の少女が裸姿で踊っているところに、観客席奥から牧師のパリスの声がして、少女たちは散り散りになって逃げて行き、パリスの一人娘ベティだけが父親の声に驚いてその場に倒れてそのまま眠り込んでしまう。
原作は、何時まで経っても目を覚まさないベティを心配してパリスがずっと付き添っているところから始まり、舞台は異常に暗い雰囲気を作り出すのだが、この舞台では、最初の牧歌的雰囲気が残った状態で進展し、次第に緊張感のある場へと移行していく。
1953年1月、ニューヨークのマーティン・ベック・シアターで上演された際には、この劇で名前のある登場人物として21名が出演しているが、今回のキングスメンの舞台では稽古途中でのダンフォース役の降板もあって、ダブルキャストを含めて出演者は17名のため、一部複数の役掛け持ちしている人もいる。
主要な役では、地主トマス・パットナムを演じる中島史朗が副総督のダンフォースとの二役を演じるが、その台詞の負担を減らすためか、ダンフォースが初めて登場する場面では、彼の周りに3人の女たちが取り巻いており、ダンフォースの台詞の一部を彼女らが語る。その場の光景が娼婦をはべらしたような様相なので、場違いで、少なからず違和感を覚えた。
レベッカ・ナースの役を森秋子とダブルキャストで演じる芳尾孝子は、レベッカ以外にもパリスの奴隷のテュテュバ、物乞いの女サラ・グッド、それに17、8歳の少女役から、72歳の老婆役までを忙しく演じての大奮闘。
主役のパリスの姪アビゲイルは、高村絵里。このキャスティングは彼女がこの作品を選んだ理由からも十分に予想されていたことで、もう一人のヒロインである農夫ジョン・プロクターの妻エリザベスとの二役も兼ねているのも演出の工夫というより、役どころのいいところ取りという気がしないでもないのだが、今回の出演者の中では演技力などからみても他にはいそうにないので、キャスティングとしては妥当なところであろう。
ということもあって、彼女がこの役を演じたいがためにこの作品を選んだことを強く感じる。
そのことは、作者のアーサー・ミラーがカットした、プロクターとアビゲイルの二人だけが登場する2幕2場の森の中の場面をあえて入れたことにも表れているようにも思う 。
アビゲイルの相手役となる農夫のジョン・プロクターを演じる平澤智之は、シェイクスピア劇以外の劇を演じるのは今回が初めてということもあって、稽古中、作品と登場人物の理解に随分苦労した形跡が伺えたが、この作品を選んだ高村絵里本人と劇中のアビゲイルに文字通り引き回されるような状態であったが、本番の舞台ではさすがにシェイクスピア劇を長年演じてきただけの演技力を感じさせてくれた。
出演者の中に、旗揚げ公演に参加して今回も出演している、ユウキや、小澤まりりんや、ベヴァリーの牧師ヘイルを演じた小松大和、それに今回から芸名を名乗っている警察署長へリック役の春名蓮などがいたのは、嬉しい再会であった。
小澤まりりんは、前回に続いてパットナムの妻アンを演じるほか今回も複数の役を演じ、ユウキは、少女役のスザンナを演じるほか、元仕立屋で裁判所の役人を務めるチーヴァーの役の男女二役を熱演する。
今回初めて見た出演者の中では、プロクター家の召使のメアリー・ウォレンを演じた山本麻祐が、体当たりの演技と台詞で熱演したのに注目した。
その他の出演者としては、牧師パリスにマキノマサト、ジャイルズ・コーリー石井亮次、フランシス・ナースを二瓶俊行、など。また、前回に続いて、障害のある人を出演者に加えているのも注目に値した。
若い出演者たちとそれなりきに年齢を加えて行った人たちが一丸となってこの難しい劇に体当たりして演じていることに拍手を贈ってあげたい。
上演時間は、休憩なしで2時間30分。
作/アーサー・ミラー、演出/篁エリ&平澤トモユキ
9月26日(木)18時30分開演、座・高円寺2、チケット:4500円、全席自由
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