高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
 神田香織一門会、香織『房州・花物語』、織音『石田梅岩』、伊織『楠の泣き男』 No. 2024-014

 今秋18年目を迎えるという神田香織の「講談サロン香織倶楽部」の、「なんダッペかんダッペ通信」22号で、<講談のテーマは「勧善懲悪」です。ますます講談の出番ではないでしょうか>という巻頭の言葉と、「香織倶楽部の面々」の声の一人、高橋織丸が<講談は、庶民の怒りを代弁する話芸…事実の裏に潜む真実をもとめ、その中から教訓や希望、夢をまるで「見てきたようなうそ」として語る芸だといわれてきた>と述べているが、今回の神田香織一門会の内容はまさにその実践の場であったと強く感じるものがあった。
  入門して早や2年が過ぎ、前座としてもすでにベテラン組となったおりびえの演目は、彼女が前座になる前、見習いの時に演じたという『わんぱく竹千代』。
 三代将軍家光が竹千代と名乗っていた幼年時代、後の名宰相松平伊豆守信綱となる大河内長四郎が、竹千代の命で奥御殿の屋根の上の雀の巣を取ろうとして誤って落ちてしまう。その物音を聞いた奥女中たちが駆けつけ、将軍秀忠までがやって来る。秀忠は竹千代に頼まれたためであろうとしつこく追及するが、長四郎は頑なにそれを否定し、最後まで竹千代の名前を出さない。
 おりびえの成長を感じさせる見事な話芸であったが、最後に来て、「名宰相と・・・」という言葉の後が詰まってしまい、「名君」という言葉を覚え出せず、袖から「名君」という助け舟が出されたのは、むしろ愛嬌であった。

 次は二つ目の伊織、『樟の泣き男』。
 伊織は、新作のネタおろしとは別に講談の原点に返る試みとして、辻講釈と『太平記』全編の講演を続けている。そのどちらも今では誰もやらないことだけに貴重なことだと感じ入っている。
 おりびあの『わんぱく竹千代』と伊織の『楠の泣き男』は、どちらもこれまでに聞いたことのある演目であるが、何度聞いても感動は新たである。
 彼の最近の新たな挑戦として、埼玉県横瀬調で、「横瀬講談プロジェクト」として講談会と新作作りによる地域の活性化に取り組んでいるとう。2か月に一度の集まりの参加者は、この町の人口8000人のうち15名ほどだというが、東京都の人口に換算すると26000人に当たるという前向きの発想も素晴らしい。

 真打の織音は、経営の神さまとか父と言われる、松下幸之助や稲盛和夫などが学び取り入れたという『石田梅岩』の実話をもとにした物語。
 梅岩は「都鄙問答」という相談者とのやりとりを通して仕事観や生き方を伝え、道徳と経済の両立を説き、その教えは「石門心学」と呼ばれている。
 石田梅岩という名前だけは何となく知っていたが、どのような人物でどのようなことを説いたかなどについては全く知らなかっただけに、この講談を聞いて啓蒙されること大であった。
 中入りの10分間の休憩中、神田織音の講談『石田梅岩物語』が掲載された塩見哲編纂の『京都老舗物語』が限定15名に配布され、幸運にもそれをゲットすることが出来た。

 中入り後、神田香織の『房州・花物語』。
 マクラに前日の衆議院補欠選挙での自民党完敗の話や、能登の震災の復旧が遅々として進まないなか、この連休中にボランティアで活動する人たちがいる一方、岸田首相はフランスに外遊するという話に続き、今回の演目に関連した「食料安全保障の確保と強化」を目的とした「食料・農業・農村基本法」の閣議決定について触れられた。
 『房州・花物語』は史実に基づいて「講談サロン香織倶楽部」の会員の一人が書き下ろした講談で、今日がそのネタおろしであった。
 話の舞台である和田町は、房総の半農半漁の貧しい町で、1922年から畑地を花づくりに変えて成功したものの、太平洋戦争の末期の1944年に、食料化確保のための食料管理統制で花づくりが禁止され、花づくりするものは「非国民」呼ばわりされた。
 秘密保護法や安保法案などに続く食料安全保障の「農村基本法」は、まさに戦前の「食料管理統制」そのものではないか。戦争への準備がここまで進んでいると神田香織は警鐘を鳴らす。
 この話は、田宮虎彦が小説『花』で発表し、この小説をもとに『花物語』として映画化されたということも、今回の講演を通してはじめて知った。
 神田香織の講談を通して新たに知ることができたことや興味を感じさせられたことが多々ある。
 田宮虎彦の小説『花』を是非読みたいと思っているが、これまでにも、彼女の講談『チェリノブイリ』を聞いて興味を抱き、スベトラーナ・アレクシェービッチの『チェルノブイリの祈り』をはじめ、『戦争は女の顔をしていない』、『ボタン穴から見た戦争』を読む機会を得たのもその収穫の一つであった。
 講談は、まさに「庶民の怒りを代弁する話芸」であり、「事実の裏に潜む真実」を求める芸であることを痛感し、感動した本日の講演であった。
 講演時間は、10分間の休憩を入れて、全部で2時間20分。


4月29日(月)11時開演、日本橋社会教育会館ホール、木戸銭:3000円

 

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