高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
    新国立劇場演劇研修所・第15期生終了公演 『理想の夫』     No. 2022-003

 密度の濃い舞台で、近代演劇の典型を見る思いであった。
 研修生の終了公演とはいえ、本格的な舞台装置、衣装の豪勢さに、新国立劇場ならではの感がした。
 オスカー・ワイルドの『理想の夫』は欧米ではたびたび上演される人気演目であるということであるが、日本でのこれまで上演記録はないという。
 ワイルドの四大喜劇の一つといわれるが、喜劇的要素よりスリルとサスペンスに富み、起承転結の構成がしっかりした重厚な感じがする劇であった。
 最初に目を見張ったのが、ロンドンの社交界に登場する女性たちの衣装であった。
 衣装から次に気を移されるのは、社交界がゴシップと駆け引きの場である様子がありありと描き出され、その嫌味さをたっぷりと感じさせてくれる。
 場面は外務次官ロバート・チルターン准男爵の邸での社交会に、ウィーン社交界の花形チェヴリー夫人が突如現れ、ロバートは彼女から過去の過ちを種に、不正に加担することを迫られる。
 ロバートの妻ガートルードは彼を清廉潔白な理想の夫として敬愛しており、彼もその期待に応えるべく常に努力しており、ロバートは最初はチェヴリー夫人の申し入れを拒絶するが、彼の過去の過ちを記す証拠の手紙のことを持ち出され、一旦は不正に加担することを承知する。
 ロバートは親友のアーサーに相談し、すべてを打ち明ける。
 そのアーサーはかつてチェヴリー夫人夫人に結婚を申し込んだことがあるが、彼女の不貞な場を偶然目にして婚約を解消したという過去を持っている。
 ロバートはアーサーの助言で妻に自分の過去の過ちを告白すると、彼女は夫を許せず夫を拒絶する。
 ロバートはそんな彼女に愛を必要とするのは完全な者ではなく、不完全だからこそ愛を必要とするのだと説くがガートルードは夫への愛を拒否する。
 ロバートは妻の愛を取り戻すために地位も名誉も失う覚悟で、チェヴリー夫人に申し入れを断る手紙を出す。
 アーサーの助言で事態は改善するかのように見えるが、トリックを含んで、すれ違い、行き違い、勘違いなどで二転三転する。その間の、ドキドキ、ハラハラのスリルとサスペンスが秀逸である。
 最後は喜劇にふさわしく、アーサーとロバートの妹メイベルの婚約でめでたく終わる。
 最後の場面を観ていると、ロバートとガートルード、アーサーとメイベルのいう「理想の夫」は、ワイルドが意識してかどうかは別にして、シェイクスピアの『じゃじゃ馬馴らし』のキャタリーナの最後の台詞と対極にあるように感じられた。
 劇の中で、金言や格言にしたくなるような台詞が多々あったが、当日配布されたリーフレットの訳者あとがきの抜粋に「ワイルドの戯曲を論ずる時、忘れてはならないものに、台詞の美しさがある。ワイルドの台詞は技巧的であり、非現実的なまでに洗練されている。日常生活の生の会話を戯曲の台詞として使うなどはもっての他・・・芸術は人生より優位に立つものであり、人生に手本を示すものであり、美を表現することを目標とすべきものである・・・」を読んだとき、その金言的表現に納得した。
 チェヴリー夫人の憎々しさを巧みに演じた末永佳央理の演技力、台詞力が素晴らしく、彼女から発せられるスリルとサスペンスのワクワク感で圧倒させられた。リーフレットにある出演者の紹介で、彼女の特技が「空手」(初段)で、好きな言葉が「感謝」(いいですね!)、そしてメッセージとして「新国立劇場の舞台に立ちたい、という思いで入所しました…今後の自分に期待しています」と最後の言葉にあるように、今後の活躍が期待される。
 出演は他に、ロバート・チルターン准男爵に須藤瑞己、その妻ガートルードに笹野美由紀、アーサーに神野幹暁、その父親キャヴァシャム伯爵に福士永大、メイベルに安藤百合を中心に、社交界の貴婦人らを含め15期生の9名と、召使や執事などを演じる3名の修了生を加えて、総勢12名。
 上映時間は、途中20分間の休憩を入れて、3時間20分。見ごたえのある貴重な舞台を堪能した。

 

作/オスカー・ワイルド、翻訳/厨川圭子、演出/宮田慶子、美術/池田ともゆき、衣装/西原梨恵
2月2日(水)14時開演、新国立劇場・小劇場、チケット:3300円、座席:C2列10番

 

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