高木登 観劇日記2021年別館 目次ページへ
 
   アブラクサス第19回公演 『つみ』                No. 2021-017
 

 重いテーマと激(!)的舞台の展開の中で、観劇後、感動と感激が渦巻いてしばらくの間、脳内が混乱していた。
 「白人」!の男性を殺した容疑者ということでモンスターと呼ばれる女性マリリン・モーア、通称リーを演じる羽杏の心の内の激昂を秘めた演技と、彼女の精神アドバイザー、エミリー・ライトの女性二人を通して「罪」について問うていく過程の中、この二人の女性の過去未来の物語が紡ぎ出されていくという重いテーマでありながら、精神アドバイザーのエミリー・ライトを演じる文学座の頼経明子のおどおどした姿の演技と、タイトルの「つみ」という罪の文字の平仮名化によって、一抹のやわらぎとこころの救いが感じられる舞台であった。
 事件の発端からこの物語の終りまでの世界情勢は大きな変化があり、1989年のベルリン壁の崩壊、1991年の湾岸戦争勃発に始まって、2001年9月のアメリカにおける9・11同時テロ多発事件へと続く。
 ベルリンの壁の崩壊は、劇中でエミリーの心のわだかまりとなっている壁を、現実の部屋の壁を打ち壊すことへの象徴ともなっていたのが印象的であった。
 この物語は、作者が本当にあったある事件からインスピレーションを得て、舞台をフロリダ州のとある地域に設定したフィクションであるが、アメリカにおける、白人至上主義、死刑、同性愛、ウーマンリブ、聖職者の性的虐待問題など、様々な諸問題を抱合した劇となっている。
 それだけにテーマが重くのしかかってくる。
 多くの問題を抱えているだけに、劇の展開のテンポが速く、舞台上では時に二つの場面の人物を同時に登場させ、現在進行している場面にスポットを当て、すばやくもう一方の場面へと移行させるという演出を取っているのも特徴の一つであった。
 女性牧師であるエミリーは検事のロバートの依頼で、殺人容疑者であるリーの精神アドバイザーとなるが、その実態はリーの自白を引き出すための検事の謀略ともいうべきもので、検事とエミリーとの約束事はことごとく破られ、結果的にリーの自白の録音を取られてしまうことになって、ここでは自白を引き出す手段の正当性ということが問題として浮上してくる。
 リーの自白に至るまでのエミリーとの二人の会話は可視化されて舞台上で演じられ、それとともにエミリー自身の心の動きがこの劇の核心となっていく。
 リーとエミリーは、その生い立ちこそ異なるものの、幼少期における性的暴行という共通した問題を抱えていて、それが二人のPTSD(心的外傷ストレス障害)となっており、リーはそれが外側に向かって激しい言動となって現れ、一方のエミリーはその問題を内に秘めて内向的となって、それが態度にも現れ、いつもおどおどしている。
 そんなエミリーはウーマンリブの運動に感動し、一方では激しい気性のリーに心を動かされていく。
 リーの最初の犠牲者ダニエルの母ハンナは、自立のため化粧品会社で働くようになり、女性の権利を求めてウーマンリブ運動を始める。
 その化粧品会社にリーがまともな仕事をしようとリーが面接を受けに来るが、彼女の着古したジャンパー姿を見て、ろくに相手もせずに断ってしまうが、事件の後、彼女がリーの被害者の母親であることが分かる(リーがそのことに気づいていたかは明らかではない)。
 ダニエルは、継父から虐待を受け施設で暮らしていたが、ハンナが離婚後化粧品会社の職を辞め、彼を引き取り二人暮らしをしていた。
 ダニエルがリーに殺されることになった日はハンナの誕生日で、ダニエルは彼女にバラの花束を贈るが、彼女の感謝の言葉はなく、ダニエルはまともな仕事に就くように小言を言われて家を飛び出し、出会ったリーを森に誘い出してレイプしようとして殺されることになる。
 リーの自白によって死刑の判決が下りるが、エミリーは彼女のために再審請求に奔走し、この事件を追うドキュメンタリー監督でベトナム戦争に従軍した過去のあるデビッドも、最初はリーに対して否定的な見方であったが、エミリーのリーに対する運動に賛同するようになる。
 二人の努力は、再審という結果の実を結ばないまでも、裁判で検事側の主張に立ってリーが猫を殺したという嘘の供述をした叔父が真相を告白する一方、リーに息子を殺されたハンナのリーへの怨みが氷解する場面では、やっと心が救われる気がした。
 しかしそのこともつかの間、結局、リーの死刑が執行される。
 その日は、フロリダでも30数年ぶりという雪が降っていたのが象徴的な終わりであった。
 出演者は、主演の頼経明子と羽杏の二人の他、エミリーの夫ホワイト牧師とダニエルに猪俣三四郎、ジェームズの浮気相手エリザベスとハンナに坂東七笑、エミリーが幼少期に通っていた教会の牧師ホワイトと検事のロバートに小笠原游大、リーの元恋人で同性愛者アビィに古藤ロレナ、リーの叔父マークに山森信太郎、ドキュメンタリー監督のデビッドに今里真の、総勢8名。
 上演時間は、休憩なしで2時間。

 

作・演出/アサノ倭雅、舞台美術/福島直美
8月25日(水)14時開演、すみだパークシアター倉、料金:4000円、座席:E列6番

 

【追 記】 これまでの作風とは異なった作者の弁を下記添付する。

<私共は、昨年、2月の『タブーなき世界そのつくり方』より、久しぶりに8月公演をする事になりました。
 物語は、人と人が出会う事で、成長し、いつからでも変わっていける事を、感じて頂ける物語です。
 今まで、私が見ないようにしてきた、犯罪、を扱っています。この作品を創る事は、私にとって凄くチャレンジでした。観てよかった!と思ってもらえる物語になっていると思います!

『つみ』
 地球は廻っているのに、私は止まったままだった。ずっと止まっていたので、気付かない内に腐っていた。
 あのとき、己の腐りを隠すのに精いっぱいだった私が地球と一緒に廻り始められたのは皆が「モンスター」と呼ぶあなたのおかげだった。

【ストーリー】
1991年、アメリカ。湾岸戦争がはじまろうとしている情勢の中、牧師であるエミリー・ライトは、アメリカ中で騒がれている殺人事件の容疑者の精神アドバイザーを頼まれる。容疑者の女、リーと 関わっていくうちに、自分の過去と向きあい、自分を見つけていくエミリー。
 被害者とは何か?加害者とは?怒り、憎しみ、それらはいつか癒されるのか。
 いつかは赦し、解放されていくのか。
 二人の女性の姿を通して問う罪と、その行く末の物語。>


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