『デモクラティアの種』―熊楠が孫文に伝えた世界―
作・演出/竹内一郎、脚本協力/中島直俊、
舞台美術/松野 潤、作曲/西村勝行
出演/岡本高英、本郷小次郎、川口啓史、松岡由眞、大内慶子、下京慶子、石井仁美、他、総勢20名
紀伊國屋ホール、(チケット:4000円)、座席:C列7番
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【観劇メモ】
故井上ひさしは、人物評伝記を劇化するにあたって克明な年表を作り、資料のない隙間に想像力を働かせて物語を膨らませていたが、竹内一郎が描く南方熊楠の評伝は、孫文が1901年(明治34年)、和歌山に熊楠を訪問したわずか2日間の史実からフィクションを作りあげた。
南方熊楠については、2001年に俳優座で、杉本苑子の原作を八木柊一郎脚本、安井武演出による『阿修羅の妻』で、松野健一が演じた熊楠を観て以来ずっと関心があって、今回、この劇を観るに当たって、当時買ったままで積読になっていた神坂次郎著『縛られた巨人』(新潮社刊)を読み、一層熊楠に対する関心が募った。
折しも、熊楠生誕150周年ということで、朝日新聞の文芸欄「文化の扉」で、「熊楠 知るほどすごい」という記事が掲載された(2017年10月1日、朝刊)。
熊楠の生涯はそれだけでもドラマチックだが、その業績については今後100年経っても解明尽くせないものがあるが、ロンドンの大英博物館で知り合った孫文と熊楠、この二人の友情を、孫文の和歌山訪問の場面を熊野の山中にして、わずか1日に凝縮して熊楠という人物を見事に描き出した。
100年も先んじた熊楠のエコロギー(エコロジー)への関心を森の精霊たちを登場させることで描く一方で、身の危険を顧みず東京からわざわざ訪ねて来た孫文と熊楠の深い友情、そこで孫文は彼を追って来た暗殺者に命を狙われるが森の精霊たちによって救われ、暗殺者も中国を一つにしようという孫文の強い意志に惹かれ考えを改める一方、孫文自身がその主義主張を改め、後の三民主義に至るきっかけとなる。
当時の中国を取り巻く世界情勢や、熊楠の粘菌に関する執着、自然への関心、十二支に関する伝説など、森の精霊がスライドを用いて劇中で解説を加えるという演出の工夫によって、世界的には名前を知られていても日本ではほとんど知られていない南方熊楠について理解が出来るように配慮されていた。
この公演は、今年(2017年)2月5日に和歌山市で公演された『熊楠と孫文―熊楠が孫文に伝えた世界―』を、「平成29年度文化庁芸術祭参加公演」として再演するために装いを新たにしたものであるという。
主役の熊楠には、和歌山出身の岡本高英が熊楠の大らかさ、包容力を感じさせ、とくに孫文を見送る場面では、船が出て姿が見えなくなるまでは孫文の方を見ようともしないが、船が去ってしまった後、感情むき出しで涙ながらに叫ぶ姿は感動的で、胸を打つ好演であった。
出演は、孫文に俳優座の川口啓史、孫文を資金面で援助した中国人温炳臣を本郷小次郎、孫文を兄の敵として命を狙う劉小鈴に下京慶子、空間の精霊に松岡由眞、時の精霊に石井仁美、他。
熊楠と孫文の友情、精霊たちとの交流に心温まるものを感じた一方で、孫文の理想は今の中国を見ていると、ますます遠のいているようにも感じた。
上演時間は、1時間40分。
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