作/赤堀雅秋、演出/黒岩 亮、装置/柴田秀子
出演/山本龍二、野々村のん、益富信孝、津田真澄、もたい陽子、横堀悦夫、他
下北沢・本多劇場 |
【観劇メモ】
初めはとてもシュールな感じのもどかしさがあったが、時間が交差して演じられているのが見えてきた時点では、全体の様子もなんとなくわかってきた。
劇を見終えて1日が過ぎた今、振り返ってみるとやはり非現実的な世界であった。
もっとも最近では非現実的で信じがたいようなことが日常的に発生しているので、現実の方がよりシュールと言えるだろうが。
3年前、スーパーで万引きをしてつかまり、それが原因で自殺した妻京子(津田真澄)のことが忘れられない男、松田稔(山本龍二)は、親の代から自転車屋を営んでいる。
稔は薄暗い自転車屋の仕事場で誰とも口を聞かないで一日中過ごしている。
そんな彼の姿を見て近所のものたちは、彼のことを「ねずみ男」と呼んでいる。
妻が自殺をしたのはスーパーのアルバイトの女性店員、根本恭子(野々村のん)のせいだと逆恨みして、彼は彼女の周りをしつこく付け狙う。しかし自らは何の直接行動も起こさない。
それを隣に住む少年野球チームの監督、片岡(横堀悦夫)が恭子を誘拐して、松田の家に監禁する。
3年前の今日、それは松田の娘美紀(もたい陽子)の誕生日であった。
彼女の誕生日を祝うべく松田自転車屋の店員石井(川上栄四郎)はピザを注文したりケーキを買ってきたりするが、その日、美紀は戻ってこなかった。
3年前のその日の午後9時22分、妻の京子は飛び降り自殺をした。
それで今、松田は誘拐されてきた恭子を、同じ時刻の午後9時22分に殺して自分も自殺すると言っている。
そして、その日は3年前と同じく、松田の娘美紀の誕生日。石井は3年前と同じように誕生会の準備をする。
誘拐された恭子は、手足を粘着テープで縛られているだけなので、自由にそれをはずすことができる。汗ですぐ外れると言っては閉じ込められた部屋から抜け出してきて、勝手に冷蔵庫から牛乳を取り出して飲み、冷蔵庫の冷気で涼む。そしてまた再び粘着テープで縛られるのだった。
3年前には帰ってこなかった娘の美紀は、身重の体で彼氏と実家に帰ってきているが、父親の稔とはお互いに目を合わせない。美紀は誕生会に帰ってきたのではなく、出産の準備で身の回りに必要なものを、実家で不要になったものを取りに来ただけである。
美紀の彼氏矢崎(宇宙)は、ボケが進行している稔の父親、勝(益富信孝)に挨拶をするが、東大出身の別人と常に間違えられる。
店員の石井は、そんな周囲の状況に関係なく、美紀の誕生パーテイの準備を進めている。
舞台は急展開していて、誘拐された恭子の夫、根本真治(高松潤)が美紀の誕生パーテイに石井に誘われてやってくる。
根本は、無断で一日泊まった(実は誘拐されたのに)恭子と稔に肉体関係があったのではないかと疑う。
夫に疑われた恭子を、稔は娘のように抱きしめる。
そうして稔は恭子を解放して自由にする。
娘の美紀が、父親と母親の交換日記のようなメモを発見する。
そのメモには、「明日のお昼は何にする?」という変哲もないことが毎日のように繰り返し書かれている。
稔は、美紀が読み上げるその言葉に、そのメモが書かれた日がどんな日であったかを思い出す。それは妻と喧嘩した日だった。けんかをした日にはお互い口を聞かず、メモでやりとりをしていたのだった。
そのメモの日付からすると、けんかをしていない日のほうがはるかに少ないのだった。
美紀が家を出て帰ってこなかった理由も、そこでなんとなく氷解してくる。
妻の京子がなぜ、ねりわさび一個万引きをしたのかも見えてくる。
稔が妻京子と会話する言葉はただ一つ、「あのカエルの爪切りはどこにある?」だった。
答えはいつも同じ。
・・・ないのだ。
最後に稔はそのカエルの爪切りを発見する、「こんなところにあった」と・・・。
妻の恭子はもういないのに。
・・・不満足、というのとは少し違って、どこか不消化の気持が残るドラマであった。
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