1975年に、知念正文と石丸有里子が立ち上げた劇団鳥獣戯画が50周年記念を迎える。劇団そのものが50年続いていること自体がすごいことだと思うが、創立メンバーが今なお健在で活躍していることに驚きを感じる。
僕が初めて鳥獣戯画の公演を観たのは2001年の第63回公演、歌舞伎ミュージカル『真夏の夜の夢』で、そのときの観劇日記の冒頭に、「とにかく面白い。メタメタに面白い」と記してあって、その破天荒なシェイクスピア劇を楽しませてもらった記憶が鮮明に残っている。
その鳥獣戯画が50周年記念に贈るシェイクスピア劇は、昨年上演したキャバレーボードヴィルショー『ベニスの商人』で現在のイスラエルとパレスチナの主張を重ね、最後にヨーロッパ人を笑いものにしたアンサー版として創り上げたという。
舞台上には、上手に1本、下手に2本のポール、そして白い布が二重三重に波のように縦横に垂らされている。
舞台奥、ホリゾントに大きな島の孤影が浮かび、大きな波のうねりが描かれていき、上空に一羽、また一羽と海鳥が書き添えられる。
妖精のエアリエルが登場し、観客に向って予め配られていた円形の水色のうちわを指示に従って動かすように求め、はじめは穏やかな海のさざ波の動きから、次第に激しい波のうねり、嵐の場面へと進み、舞台上ではアロンゾーをはじめとするナポリの一行が嵐の中で右往左往する。観客を引き込んでの開幕となる。
劇の進行は原作にそったものであるが、内容的には大いに異なる場面を創造する。
プロスペローの指示で嵐を起こしたエアリエルはその褒美として「自由」を求めるが、プロスペローにはその自由と言う意味が分からず、エアリエルは解放される約束を得られず、プロスペローの召使、使用人のままである。
プロスペローの魔術もシコラクスにはかなわず、あわやという危機を迎えるが、強烈な白い光によって危機を脱し、シコラクスはキャリバンを産み落とし、プロスペローの魔術の「魔の力」についての欠陥の予言を残して死ぬ。
劇中、トラ、習ちゃん、プーという三人の人物が登場する寸劇のコントが挿入されるが、その名前や衣装、ホリゾントに映し出される中国、ロシア、アメリカの建物で、彼らがトランプ大統領、習近平主席、プーチン大統領として一見して知れる。
特に、トランプ大統領は、赤い帽子に赤いネクタイ、ブルーのスーツで顔つきもそっくりに似せてあり直ぐに分かる。三人の共通項として話題にされるのは、グリーンランド、台湾、ウクライナの自国領土化の話である。
この三人は次に彼らの妻、メラニア、ポン、アリーナとして登場し、最後にまたトラ、習ちゃん、プーとしてヤクザ姿で現れ、手打ち式をやり、約束を破った場合小指をつめる誓いをするが、三人ともすでに小指を失っているというオチをつける。ユーモアを含む軽妙な政治風刺である。
最後の場面がまた大幅に異なっている。
舞台上に赤い紐があやとりの橋のように張りめぐらされ、その中にナポリの一行が閉じ込められ、プロスペローの魔術によって、彼らは互いに殺し合おうとする。
プロスペローは全員を殺し合いで殺すつもりで、アロンゾーの息子ファーディナンドは、父親の目の前でプロスペロー自らが殺すという。アロンゾーは自分はどうなってもいいので息子だけは助けてくれと請うが、復讐の念に燃えているプロスペローはそれには応じず、ファーディナンドを殺そうとする。 その直前、ミランダがファーディナンドの前に立ちふさがり、彼女もろとも全員がその場に倒れ伏してしまう。
プロスペローはミランダを抱きかかえて嘆き悲しむ。そのとき、再び白い光線があたりを包みこみ、全員が息を吹き返す。その光線の正体は、「島神」によるものであった。
妖精や獣しかいなかった孤島に人間たちがやってきて、そこで前から棲んでいたものたちを殺していくと「島神」が語るとき、アメリカ大陸にやって来たヨーロッパ人が先住民を殺し、追い立てていったことを想起させ、先進国の植民地政策を思い出させる。それを現代の風景として写しだして表象化したのが、トラ、習ちゃん、プーの寸劇であった。
このままで終っては後味の悪いものが残るだけであるが、そこは鳥獣戯画、ハッピーエンドで結んで、エアリエルも自由となり、ミランダとファーディナンドも無事に結ばれ、祖国で無事双子を出産し、ナポリ公アロンゾーは良き爺ぶりを発揮していることがプロスペローから語られ、めでたし、めでたしで終る。
出演は、プロスペローに石丸有里子、エアリエルにユニコ、キャリバンに竹内くみこ、トリンキュローにちねんまさふみなど鳥獣戯画の団員7名と他8名で、総勢15名。
エアリエルを演じたユニコのアクロバット、サーカス芸を堪能し、堀広道演じるトラ、秋葉陽司の習ちゃん、淺野裕美子のプーさんら3人が演じるコントや、ちねんまさふみ演じるトリンキュローの道化を大いに楽しませてもらい、横山真希が演じた「島神」のパーフォーマンスと最後に語る台詞の内容にいたく感動を覚え、満足感に満たされて劇場を後にした。
上演時間は、1時間30分。
脚本・演出・振付/知念正文、音楽/雨宮賢明、舞台美術/佐々波雅子
5月7日(水)14時開演、下北沢・「劇」小劇場、チケット:5000円、座席:C列8番
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