事前情報で知っていたのは、登場人物を演じる俳優が男女逆にしての上演ということだけで、自分が思っていたのは、単に男女が逆の役を演じるのだろうということだけだった。
ところが、オセローは女性でありそれを女性がデズデモーナの妻として演じ、デズデモーナは男性であり、オセローの夫として男性が演じる。その他の役も男女逆転して、イアーゴーも女性、ロデリーゴも女性、ブランバンショーも息子のデズデモーナの母親として女性で、ヴェニスの公爵は「内親王」に変えられて女性であり、女性が演じる。
リーフレットによると、時代と場所の設定は3世紀の大和の国。オセローはペルシアの王家の出自で、イアーゴーはイリリアの女性で、カラの国に向かう途中、当時女性が実権を握っていた大和の国に辿り着く。
デズデモーナは大和の国の貴族の息子という設定である。
名前は原作通りのため、女性役が男性で、男性役が女性という関係に、見ている最中頭がこんがらがってくる。
劇団名が一風変わっているので観劇前に調べていたが、AD LIBITUMといのは「随意に」とか「制約なしに」という意味があり、この劇を見ていてその自由さと制約のないところに、その劇団名に納得するものがあった。
タイトルも『オセロー』ではなく『OTHELLO』と横文字なのも意味合いを感じるが、サブタイトルの「般若の愛」というのにも意味を感じさせられた。
「般若」は梵語の音写語で、仏教の意味では「智慧」の意で、「真理を認識し、悟りを開く働きの最高の智慧」であり、また、能面の般若面は「妬みや苦しみ、怒りをたたえる」角のある鬼女である。
この劇ではオセローは女性であり、オセローの嫉妬は女性としての嫉妬であり、般若面が鬼女であることから、男の嫉妬から女の嫉妬へと反転した劇となっていて、般若の面が劇中二度ほど用いられた。
カラの国からの攻撃に備えてオセローが大和から筑紫の国へと派遣されるという設定は、7世紀、斉明天皇が新羅・唐への攻撃に備えて筑紫に下ったことを想起させ、衣装も3世紀というよりむしろその時代にそった感じであった。もっとも、オセローはペルシア王の末裔ということもあって、それらしき衣装であり、イアーゴーもイリリアの武将としての衣装で、ブラバンショーをはじめとした大和の人物の和装とは異なっている。
日本の古代性を思わせる歌、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という記紀歌謡が大和の役人たちによって歌われるとき、古事記の世界を彷彿させたが、この歌をはじめとして、この劇の特徴の一つに劇中歌がある。
イアーゴーが歌う乾杯の歌は、ロシア版の歌詞を元に翻訳したものだというのもその一つである。また、デズデモーナが歌う「柳の唄」は、小田島雄志訳を基本に使用したもので、男性であるデズデモーナが一人で歌うだけでなく、一部のパーツが数人の登場人物たちによって唄われ、かなり長く、丁寧に歌われた。
乾杯の場での棒を使っての踊りや剣を使っての争いの場などは、狭い舞台を窮屈ながらも大胆な所作と動きで演じていたが、これらはもっと大きな舞台であればもっと見栄えがしていただろうと惜しい気がした。
劇の展開は、男女逆転の劇とはいえ全体的には原作にそった流れで、ほぼ忠実に演出されていたが、最後、イアーゴーも死んでしまう終わり方は異なっていた。また、最後にキャシオーがオセローとデズデモーナの死を見送るようにして終るのも余情をもたせるような終わり方であった。
この劇の脚本・演出を担当してイアーゴーを演じた小川深彩は、昨年、Sheepdog Theater公演の英語劇『ハムレット』でハムレットを演じていたのが記憶に新しく、彼女は4歳から演技を学び始め、6歳で初舞台を踏んで以来、俳優養成所やオペラ合唱団などで研鑽を重ね、現在は大学院に通いながら毎年数本の舞台や映画に出演しているという。なお、この演劇ユニットは、小川と、演出補佐を務めるかたわらロデリーゴを演じた小渡梨乃愛と二人で昨年立ち上げたという。
また、聞くところによると、出演者の多くが学生もしくは卒業生で、映像関係を主体にして活動していて舞台経験のない者がほとんで、舞台は今回が初めてという出演者も多いということだった。
主だった出演者は、劇団代表の小川と小渡のほか、主演のオセローに鎌倉小百合、デズデモーナに早乙女宙、エミリアには、現在は社会人であるが、学生時代を通してシェイクスピア劇をはじめとする英語劇に出演してきて、今回初めて日本語劇で演じることになったという和智太誠、キャシオーにたけぐちなぎさ、ビアンカは娼婦ではなく男娼としてロビンズ旦が演じ、総勢11名であった。
男女逆転の発想は、最近の傾向として男性より女性の方が演劇関係でも多いので、それを逆手にしてのものではないかと勝手に想像したりしているが、「般若の愛」という発想など、若い人ならではの斬新なアイデア盛りだくさんの劇だと感じ入った。
般若の愛は、女としてのオセローの嫉妬でもあり、女としてのイアーゴーの嫉妬でもあった。
上演時間は、途中10分間の休憩を挟んで、2時間40分。
企画・脚本・演出/小川深彩、製作・演出補佐/小渡梨乃愛
5月5日(月)14時開演、阿佐ヶ谷シアターシャイン、チケット:3500円、全席自由
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