英国の舞台を直接見ることが出来ないことを考えると、その舞台の映像化されたものを見ることが出来るのはありがたいことだが、生の舞台と映像との違いを痛感させられることでもあった。
舞台は張り出し舞台で三方をピットのように観客席が囲む。真っ白な舞台に、舞台後方は透明なアクリル板のようなもので仕切られていて、それが時に鏡の役割をして舞台上の人物を映し出す一方、背後にいる人物を描き出したりもする。
舞台の中央に、銀製の洗面器のようなものが置かれ、その洗面器の水で傷ついた兵士、それはマクベスその人であるが、ダンカン王への戦況とマクベスの活躍を報告する。洗面器は兵士の傷の血で次第に赤く染まっていく。
魔女の姿はなく、声だけが舞台四方(映画では館内四方)から聞こえるだけである。
舞台下の下手後方からバンクオーが舞台に上がってマクベスと合流し、見えない魔女たちに向って二人は語りかける。
コーダーの領主となった吉報を告げるのは、黒人の女優が演じるロス。ロスを女優が演じること自体に深い意味はない。シェイクスピア劇には女優の登場が少ないことから、出演者に女優や人種の多様性の必要性からでしかない。この舞台ではマルカムも女優が演じている。人種で言えば、ヒロインのマクベス夫人を演じるクシュ・ジャンボもカラードである。
この舞台の大きな特徴として自分が感じたのは二つの場面。
一つは、門番登場の場面で、彼は舞台後方上手の二階席のギャラリーのようなところで、となりの観客(?)に話しかけながら、終始アドリブの台詞で観客の笑いを誘いながら舞台上に登場する。舞台は全体としてテンポの速い動きで進行していくのだが、この門番が登場する場面は観客を巻き込んでゆっくり展開され、映画の観客としてもこの場面に引き込まれていくことになる。
今一つは、マクダフの城に危険を知らせる人物がロスではなく、マクベス夫人であったことである。彼女がマクダフ夫人に呼びかけるとき'cousin'という言葉を用いているが、シェイクスピア劇のcousinには広い意味で用いられるので必ずしも「従姉妹」という意味でとらえる必要はないが、ここではマクベス夫人の台詞であることから意味深長に聞こえた。
ダンカン王が殺された翌日のロスと老人の会話は、舞台下で出演者たちがコロスのようにして語るが、このように出演者がいろいろな場面でコロスの役割をするのも特徴の一つとしてあげられる。
出演者では、ダンカン王と医師の二役のほか、バンクオーの息子フリーアンスやマクダフ夫人の息子役、またマクベスが魔女を訪れた時、予言の言葉を告げる役も務めるだけでなく、シーワード・ジュニアなど多くの役を務めていた少年俳優の活躍も注目された。
最後の場面は、マクダフに殺されたマクベスが舞台中央で倒れ伏した状態で終るが、そこに真っ赤な血が舞台上に広がっていき、カメラがそれを舞台真上からとらえる。この情景はピット上の観客席からは多分見えないであろうが、二階席からはこの映像と同じように確認できただろうと思う。最後に映し出された舞台奥のアクリル板は、バーナムの森を表象するような風景を描き出していて、一見屏風のようにも見えたのが印象的であった。
主演は、黒の衣裳にスコットランドのスカートをはいたマクベスにデヴィッド・テナント、純白の衣裳でそれに合わせたように白い丸刈りの頭髪姿のマクベス夫人にクシュ・ジャンボ。
テンポよく展開していく舞台ではあったが全体として今一つ満足感を感じられなかったが、映画ではなく実際の舞台でこの劇を観ていたらもっと違う印象を持ったかも知れない。
上演時間は、1時間55分。
演出/マックス・ウエブスター、撮影/2024年1月、ドンマーウエアハウス
2月5日(水)9時55分上映開始の部、TOHOシネマズ日比谷、料金:3300円、座席:F8
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