シェイクスピア・シアターの創立者である出口典雄が亡くなった後、シェイクスピア・シアターで16年間活躍してきた高山健太が中心となって、2022年5月から新生シェイクスピア・シアターとして活動を再開し、学校公演や各種イベントの催しなどの活動を展開している。また、学生などの演技指導を通じて、シェイクスピアの魅力を若い世代に広めるアプローチも行っている。
そのシェイクスピア・シアターによって国立西洋美術館で開催されている<フランス・ロマン主義が描いたシェイクスピアとゲーテ―版画で「観る」演劇>の関連イベントとして、演劇パフォーマンス『ハムレット』が催されている。
西洋美術館地下2階の講堂での公演で、何もない空間である。そこに空間があれば、どこでも舞台になり得るということを証明するような舞台で、静かに、心を揺さぶる、感動的なパフォーマンスであった。
舞台は、展示会で展示されているドラクロワのハムレットの各場面の版画を背景にして、5人の出演者によって5幕のドラマが展開される。何もない空間ではあるが、パフォーマンスの背後に大写しされる版画によって舞台の情景が、まさに絵を見るようにその場の想像を膨らませてくれる。
何よりもすばらしいと感じたのは、この企画の中心であるドラクロワを口上役として、各場面の概要と展開を語って舞台を進行させていくその構成(演出)であった。
灰の中から甦ったというドラクロワは、シェイクスピアのロマンス劇『ペリクリーズ』の詩人ガワ―を彷彿させ、ドラクロワを演じる高山健太の口上の台詞が舞台上に磁場を起し、それが求心力となって舞台の中へ中へと自然と誘い込んでいき、その静かな落ち着いた口調がゆるやかな感動を呼び起こしていった。
出演者一同も、同じく灰の中から甦ってきたことを表象するかのような、絞り染めの灰色の衣装であった。
西洋美術館の講堂をデンマークのエルシノア城に想像させ、クローディアスの謁見の場から、エルシノア城の城壁にハムレット王の亡霊がハムレットの前に現れる場面へと続いていく。
ハイライトとなるべき尼寺の場や「To be, or not to be」の台詞の場面はさわりだけで割愛されたが、劇中劇は指人形を使って演じられ、オフィーリアの水死の場面は背後の絵画に語らせ、オフィーリアの演技者はその所作のみを演じるという細やかな工夫が凝らされていた。
舞台に登場する人物は、ハムレット、父の亡霊、クローディアス、ガートルード、オフィーリア(登場のみで、台詞はない)、ポローニアス、レアティーズ、ホレーシオ、そして口上役のドラクロワ。
ハムレットを演じた西尾洪介の台詞は心に響くだけでなく、佯狂のハムレットを演じる時には、それまで束ねていた髪をほどき、様相を変化させる行き届いた小さな工夫もあり、場面の状況を分かりやすくした。
クローディアスと亡霊を演じた三田和慶は、その身体的特徴を生かした重厚性を感じさせる堂々とした演技で存在感を示した。
ポローニアスとレアティーズは川口徹治が演じただけでなく劇中劇の王も指人形を使って演じ、ガートルードとオフィーリアは加藤友梨、そしてドラクロワを演じた高山健太は、ホレーシオと劇中劇の王妃の台詞も演じた。
上演時間はわずか40分であったが、この5人の演技と台詞によって何もない空間に濃密な舞台空間が生まれた秀逸な舞台で、心ゆくまで堪能させてもらった素晴らしい劇であった。
観客の一人として惜しみない拍手を何度も送った。
脚本・演出・出演/劇団シェイクスピア・シアター
10月21日(金)17時30分開演、国立西洋美術館・講堂
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