サムエル・ピープスの観劇記 第10章

 

 ピープスの日記の最後の年で、この年の5月31日をもって速記による日記を終える。5ヶ月の間に観た演劇の数は30本。女中のデブとのいかがわしい場を目撃され、妻からさんざん問い詰められ、責められた良心の呵責からか、観劇にも妻を伴っての回数が増えている。
 日記の断筆は特殊な速記での記述で目を傷めたことがその大きな理由の一つになっている。最後の日の日記には、未練がましくもデブのことと、目のことが記されている。
 'now my amours to Deb are past, and my eyes hindering me in almost all other pleasures'

(1) 1月1日、The Maiden Queene
 妻と国王一座の劇場で『処女女王』を観る。

(2) 1月7日、The Island princesse
 国王一座の劇場の上部ボックス席で妻と『島の王女』を観る。
 素敵な良い劇、特に火事の町の場面がよかった。

[注] The Island princesse, (or The Generous Portugal) =『島の王女』
 ジョン・フレッチャーの悲劇。

(3) 1月11日、The Joviall Crew
 妻と一緒に国王一座の劇場で『陽気な仲間』を観る。かつてウォルター・クランが演じ、ジョン・レイシーが躍った時にくらべて劣った演技であった(1661年8月27日に妻と一緒にこの劇を観ていることを記している)。

(4)  1月21日、The Tempest
 公爵一座の劇場で『テンペスト』を観る。モール・ディヴィスに代わって演じたウィニフレッド・ゴスネルの演技はまずかった。

(5) 2月1日、She Would if She Could
 国王一座の劇場で先週の土曜日から上演されている『女相続人』(ウィリアム・キャヴェンデッシ作)を観るつもりで妻と出かけたが、出演者のエドワード・キナストンが昨夜、サー・チャールズ・シドリーを中傷したことが原因で数人の暴漢に襲われて負傷して寝込んでしまったので公演が中止となり、かわりに公爵一座の劇場で『彼女の願い』を観る。

[注] She Would if She Could =『彼女の願い』
 喜劇作家のサー・ジョージ・エセレッジ(Sir George Etherege, 1635?-92)の作品。

(6) 2月6日、The Moore of Venice
 妻と一緒に国王一座の劇場の上部ボックス席で『オセロー』を観る。イアーゴーを演じたマイケル・ムーンはウォルター・クランに比べると下手、キャシオー役のチャールズ・ハートもよくなく、オセロー役のニコラス・バートも思っていたほどうまくなく、全体的によくなかった。

(7) 2月20日、The Grateful Servant
 妻と従兄弟のロジャー・ピープスの娘二人を連れて公爵一座の劇場で『感謝に満ちた召使』(ジェイムズ・シャーリー作)を観る。いい劇だったが、かつて観たことがあるのを忘れていた。

(8) 2月25日、The Royal Shepheardesse
 妻と女の子たち(従兄弟の娘たち)を連れて公爵一座の劇場で『高貴な羊飼いの女』を観る。シャドウェル(Thomas Shadwell, 1642?-92)の新作、あるいは旧作の改定版だが、台詞も筋も全く馬鹿げていてすべてがこれまで見た中で最低と酷評。

(9) 4月17日、The Alchemist
 外科医ピアース氏と妻とで国王一座の劇場で『錬金術師』を観る。いつ観てもいい劇だが数年ぶりの上演。錬金術師を演じたクランのことを懐かしく思った。目の具合が悪くて劇を楽しむどころではなかった。

[注] The Alchemist =『錬金術師』
 ベン・ジョンソンの喜劇で1610年、シェイクスピアの国王一座によって初演されている。
 1664年8月4日の日記に、前日公演された『錬金術師』の終演度、クランがロンドンから田舎の家に行く途中暴漢に襲われて死亡したことを記している。クランは国王一座の俳優。日記でたびたび亡くなった後の彼を偲んでいる。

(10) 4月24日、The General
 シーア氏と自宅で昼食後、妻と3人で国王一座の劇場でオルリー作の『将軍』を観る。再演で、いい劇で大変気に入った。(1664年10月4日の日記ではこの劇の感想で最悪と評していたのだが…)

(11) 5月11日、The Roman Virgin
 昼食後、妻と公爵一座の劇場で『ローマの処女』を観る。音楽隊の向かいのバルコニー席で劇を観るというより音楽を聴いた。初めて上演されたので古い劇だが新作だと思ってみる。ろうそくの明かりで(患っている)目がつぶれる思いをした。

[注] The Roman Virgin = (Appius and Virginia)『ローマの処女』
 ジョン・ウェブスターのローマ伝説をもとにした悲劇。


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