サムエル・ピープスの観劇記 第9章

 

 1668年の観劇数はピープスの10年間の日記の中で最も回数が多く、87回を数える。
日記の中でたびたび目が悪くなったことを嘆いており、読書も妻に読んでもらうことが多くなったが相変わらず、書籍購入と読書は盛んである。
 1月には妻のために翻訳してやろうと思って買ったフランス語の本L'escholle de Filles(『女学校』)はとんでもない猥褻本だったが、2月には読み終え、蔵書に入れるのは恥だとして焼却処分している。
 5月に買ったウィルキンソン博士(Dr. John Wilkinson, 1614-72)の『本当の正確』(Essay towards a real character, and a philosophical language)を購入し、妻に読んでもらっている。
 9月3日には絶版となっているホッブス(Thomas Hobbs, 1588-1679)の『リヴァイアサン』(Leviathan, 1651)を、定価が8シリングだったものが古本で30シリングの値がついていたのを24シリングで購入。9月6日(日)には『5つの様式による5つの説教』(Five Sermons of Five Several Styles)を読んで1日を過ごしている。
 9月28日の日記の後10月11日までの12頁分が珍しくブランクとなっている。別の資料からこの時期ピープスは2回ほど旅行しておることが分かっている。一つはスペインから戻ったサンドイッチ泊を訪ねてハンプシャーに行っており、今一つは10月10日に妻を迎えにイースト・アングリアに出向いている。
 10月20日に『アラゴンの女王』(1652年に作者不明で出版されたが、今日ではジョン・フォード作とされている悲喜劇)を買って、妻とワイン商人のバテリャーに夜11時まで読んでもらう。
 12月25日、クリスマスの日には少年にジュリアス・シーザーの伝記とデカルトの音楽の本を読んでもらうが、デカルトは最も学識があると思いながらも本の内容については理解できなかったと感想を記している。

(1) 1月1日、Sir Martin Marr-all
 公爵一座の劇場。これまでにもたびたび観ている。機知に富み、陽気な劇で大変気に入っている。演技も上達している。観客の多くは市民や年季奉公人、その他の人々だが、最初の頃はピットに今のような2シリング6ペンス払って観る年季奉公人や一般の人は少なかった。そのころは12ペンス、それから18ペンスの料金だった。

[注] 作品については、第8章の1667年8月16日の観劇記を参照。

(2) 1月6日(十二夜)、The Tempest
 先に妻を公爵一座の劇場に連れて行き、その後ピアース夫人と彼女のいとこのコーベット、ピアース氏の息子のジェイムズ、国王一座の女優ニップを迎えに行く。ピットが満席だったのでボックス席を取り、20シリングかかった。

(3) 1月11日、The Wildgoose Chase
 国王一座の劇場に『無駄な骨折り』を観る。有名な劇で長い間見たいと思っていた劇だが、期待に反してほとんど満足できなかった。というのは特別なものは何もなく、単調な筋立ての創作であった。ニップがピープスの所にやってきて、サー・チャールズ・シドリーの喜劇"The Wandering ladys"(『放浪する夫人たち』)、サー・ロバート・ハワードの歴史劇"The Duke of Lerma"(『レルマの公爵』)、ベン・ジョンソンの悲劇"Catelin's Conspiracy"(『カテリンの陰謀』)が近々上演されるだろうと教えてくれた。

[注] The Wildgoose Chase =『無駄な骨折り』(雲をつかむような、あてのない追及)
 1621年に初演されたジョン・フレッチャーの喜劇。

(4) 2月27日日、Virgin Martyr
 妻とデブを連れて国王一座の劇場で『聖母殉教者』を観る。レベッカ・マーシャルの演技がよかったが、何よりも素晴らしかったのは天使が降りてくるときの音楽で、それは魂を恍惚にさせ、妻に恋した時の気分に陥り、興奮冷めやらぬ思いであった。

[注] Virgin Martyr =『聖母殉教者』
 トマス・デッカーとフイリップ・マッシンジャー作の悲劇。1620年に初めて出版された。

(5) 3月5日、The Discontented Colonell
 ピープスの議会での答弁がうまくいった成功を祝して、ブラウンカー卿のところで、ハーヴェイ氏、ペン氏らと食事をし、そのあとブラウンカー卿の知人のサー・モーガンも加わって国王一座の劇場で『不機嫌な中佐』を観るが、途中からだったので大して面白くなかった。
 この議会での答弁については、翌日の日記で「サー・コヴェントリーから、ピープスは議会の議長になれるかもしれないと祝福される。もしそうなれば、ピープスの年収は1000ポンドを下らない。それよりもうれしかったのは、事務弁護士から自分の演説を賞賛されたことと、ヨーク公訪問で、王をはじめ諸卿から昨日の演説を絶賛された」と記している。

(6) 3月26日、The Man is the Maister
 ブラウンカー卿と仕事をした後二人でウィリアムズ夫人の所で食事をし、その後、新作の『その人はマイスター』を観るため一人で公爵一座の劇場に行く。まだ1時前なのに劇場はいっぱいだったが、先に妻と女中のデブが、ピアース夫人、コルベット、ベティ・ターナーを連れてきており、自分のために席をあけてくれた。すぐに国王も来られ、我々の上の席に座られた。劇は、フランスの劇をダヴェナントが翻訳したもので、スペインの話で特に目新しいものはなかった。プロローグは貧弱で、エピローグもハリスの歌とバレーがあるだけで特別変わったものでもなかった。

(7) 4月1日、The Black Prince
 国王一座の劇場に一人で行き、上段のボックス席でオラリー伯作の『黒太子』を観る。大変いい劇だが幻想的。ダンスが荘厳でよかった。前半部は眠ってしまったが、後半が大変良かった。

[注1] The Black Prince =『黒太子』
 エドワード三世の息子エドワード黒太子の英雄劇。1667年10月19日、ドルリーレーンのTheatre Royal(国王一座の劇場)で初演された。

[注2]「英雄劇」(heroic drama)は、恋愛と武勇を中心とし、heroic coupletで書かれた英国17世紀王政復古時代の悲劇で、その魁はジョン・ドライデンのThe Indian Emperor (1665)とオラリー伯のThe Black Prince。Heroic dramaの用語は、ドライデンのThe Conquest of Granada(1670)で初めて使われた。

(8) 4月30日、The Tempest
 公爵一座の劇場で『テンペスト』を観る。いつ観ても楽しませてくれる。

(9) 5月2日、The Sullen lovers or The Impertinents
 午前中ずっと事務所で仕事をし、お昼にブラウンカー卿と一緒に馬車でテンプルに行き、「ヘラクレスの柱」で食事をした後、公爵一座の劇場に行く。12時を少し過ぎたばかりだったのでピットの良い席が取れた。貧しい男に席を確保させておいて本屋のマーティンで時間を過ごして戻ってくると劇場は満員になっていた。国王と公爵もやって来られた。出し物はシャドウェル(Thomas Shadwell)の新作で、フランスのモリエールのコメディ・バレエの『はた迷惑な人たち』の翻案劇『不機嫌な恋人たち、あるいは生意気な人たち』。ユーモアにあふれる劇だが、劇は退屈で筋立ても何も全くないものであった。しかし、評判通り、少年のポリシネル(フランスの人形劇における鉤鼻の醜い人形)ダンスは最高に良かった。
 観劇後、国王劇場に女優のニップに会いに行ったが、芝居はもう終わっていたので一人で貸馬車(ハックニー)に乗って公園まで行き、夕方まで過ごし、ロッジでミルクを飲んで帰宅。

(10) 5月5日、The Sullen lovers or The Impertinents
 クリード氏と昼食後一緒に公爵一座の劇場に行く。遅かったのでバルコニーのボックス席を取ったら、カースルメイン夫人や貴婦人たちと一緒になった。『生意気な人たち』を観る。(2日と4日に続いて)三度目の観劇。

(11)  5月7日、The Man's the Maister
 女中のマーサーとターナー夫人を伴って公爵一座の劇場で『その人はマイスター』を観る。観るのは二度目だが大変いい劇だ。

(12) 5月11日、The Tempest
 マーサーと公爵一座の劇場で『テンペスト』を観る。劇の最中にメモを取ったが読みとれなかったので2幕の間に俳優のハリスの所に行ってエコーの台詞を繰り返してもらい、はっきりした。ひょうきんでおどけた水夫たちと怪物の場面での役者たちを観るのは非常に楽しかった。オレンジ売りの売り娘との間で、ピープスが12個のオレンジを注文したしないで口論となり、否定はしたものの、1個6ペンスで4シリング払ってやった。

(13) 5月14日、The Country Captain
 マーサーとグヤット夫人を伴って、国王一座の劇場で『カントリー・キャプテン』を観るが、大変つまらなく、不満足。

[注] The Country Captain =『カントリー・キャプテン』
 初代ニューカッスル公爵ウィリアム・キャヴェンデッシ(William Cavendish, 1592-1676)の作。ピープスは1661年10月21日の上演を観たとき'so silly a play as in all my life I never saw'と記しながらも同年11月25日、さらには1667年8月14日にも観ていて、今回も'a very dull play that did give us no content'と酷評。

(14) 5月15日、The Committee
 女優のニップをお目当てに国王一座の『委員会』の最終幕を観に行くが、彼女は出演していなかった。それで本屋によって、ウィルキンズ博士(John Wilkins, 1614-72、数学者で神学者。王立協会創設者の一人)のエッセイ"A real character, and a philosophical language'やその他の本を買って帰る。

[注] The Committee = The Committee [; Or The Faithful Irishman (1665)
 Sir Robert Howardの共和国の風習を風刺した政治喜劇で、彼の最も人気のある作品の一つ。

(15) 5月16日、The Sea Voyage
 国王一座の劇場で『船旅』(ジョン・フレッチャーとフィッリプ・マッシンジャーとの共作になる喜劇。)を観る。ニップの悲しい役が良かった。

(16) 5月18日、The Mulbery Garden
 マーサー、ホースフィールド夫人、グヤット夫人を伴って国王一座の劇場に行くが、12時を少し過ぎた時間だったのでまだ開いていなかったが、すぐに開いた。すでに多くの人が専用口からピットにやって来ていた。サー・チャールズ・シドレーの初めての新作喜劇『マルベリー・ガーデン』を観るためで、機知で評判の世間で大いに期待されていた作品である。席を確保させておいて、ピープスは一人で居酒屋ローズに行き、そこで焼き串のマトンの胸肉を食べて劇場に戻ると、国王と王妃もすぐにやって来て、劇場はいっぱいになった。劇そのものは台詞も筋立ても格別たいしたことはなく、王も初めから終わりまで笑うこともなかった。音楽もまずく、隣の席に座っていたキャプテン・ロィトも怒り狂っていた。劇には不満であったが、連れには満足であった。
 5月20日の日にも、ピープスはこの劇を再び観て、6月29日には妻が見ていなかったということで、彼女を連れて観に行っている。

(17) 5月30日、Philaster
 国王一座の劇場で『フィラスター』を観る。子供のころに見たこの劇のことをよく覚えていた。
[注] Philaster, or Love Lies a Bleeding =『フィラスター』
フランシス・ボーモントとジョン・フレッチャーによる悲喜劇で、シチリアの王位簒奪者の娘アルトーサーとシチリアの正当な王位継承者フィラスターの恋愛をめぐるロマンス劇。

(18) 6月27日、The Indian Queene
 午前中事務所で仕事をし、自宅で昼食後、妻と女中のデブを連れて国王一座の劇場で、アン・マーシャルが演じる『インディアンの女王』(サー・ロバート・ハワードとジョン・ドライデンの共作)を観る。世間が言うほどマーシャルの演技に感心せず。

(19) 7月29日、All Mistaken, or the Mad Couple
 妻と二人の少女を連れて国王一座の劇場で『狂ったカップル』(ジェイムズ・ハワードの喜劇)を観るが、なんともつまらない劇であった。

(20) 7月31日、The Old Troops, or Monsieur Ragou
 国王一座の劇場でジョン・レイシー(国王一座の喜劇役者)の『ムッシュー・ラグー』を観る。国王と宮廷人も観劇。大変面白いファルス(笑劇)。この日の日記で目の悪化を嘆いている。

(21) 9月28日、The Citty Match
 ハウ氏と一緒に国王一座の劇場で『市民の連れ合い』を観る。実に30年ぶりの上演であったが、馬鹿げた劇であった。

[注] The Citty Mtatch =『市民の連れ合い』
 聖職者で、翻訳家でもあり、詩人でもあったジャスパー・メイン(Jasper Mayne, 1604-72)のファルス(笑劇)。1639年に上演された。

(22) 12月2日、The Usurper
 妻と国王一座の劇場で『簒奪者』を観る。よい劇だが内容的には、クロムウェルとヒュー・ピーターの話と似ていて、馬鹿げている(a pretty good play, but mighty silly)。

[注] The Usurper =『簒奪者』
 エドワード・ハワード(Edward Howard, 1624-1712)の悲劇で、ピープスは1664年1月2日にも観劇しており、その時には'no good play, though better than what I saw yesterday, … unsatisfied'(よくなかったが、昨日観たの『ヘンリー八世』よりまし…不満足)として記している。

(23) 12月19日、Catelin's Conspiracy
 貸馬車(ハックニー)で妻と国王一座の劇場に行き、昨日が初日だった『カテリンの陰謀』を観る。ピットは満席だったのでボックス席で観る。衣装や元老院の場面、それに戦闘場面はよかったものの、観るよりは読むほうが良い劇で、まったく楽しくなかった。
 帰宅後、妻に『ロドス島の包囲戦』(ドライデン作の戯曲)を読んでもらう。

[注] Catelin's Conspiracy =『カテリンの陰謀』
 ベン・ジョンソンの2つのローマ悲劇の一つで、紀元前1世紀のローマの政治家で陰謀家のカテリンの物語。

(24) 12月21日、Macbeth
 妻と公爵一座の劇場で『マクベス』を観る。王や宮廷人、それにカースルメイン夫人のすぐ下の席。妻がほかの誰よりも美しく思えたと妻に満足している。



サムエル・ピープス観劇日記 トップページへ
Copyright © 2015 takaki noboru. All Rights Reserved..