53 遺 言

 

  偉大な愛の神よ、僕が最後の息を引き取る前に、
  遺言をいくつか言わせてくれ。僕の目が見える
  ようであれば、僕の目を百の目をもつアルゴスに譲ろう。
  見えないのであれば、愛の神よ、あなたにあげよう。
  僕の舌は噂に、僕の耳は外交官に、
   僕の涙は、女か海に与えよう。
  愛の神よ、あなたがこれまで僕に教えたことは、
 二十人以上もの男を相手にする彼女に仕えさせ、
有り余るほど持っている者だけに与えるべきであるということだった。

  僕の節操は、惑星に与えよう。
  僕の真心は、宮廷で暮らす者に、
  僕の誠実さと、寛大な心は、 
  イエズス会士(※1)に、僕の憂いの心は道化に、
  僕の無口は、外国帰りの者に、
   僕の財産は、カプチン会(※2)の托鉢僧に施そう。
  愛の神よ、あなたが僕に教え、定めたことは、
 愛を受け入れることができないものを愛すことで、
受け入れぬことができない者だけに与えることだった。

  僕の信仰心は、ローマ・カトリック教徒に与えよう。
  僕の善行のすべては、アムステルダムの
  分離派(※3)に、僕の最高の礼節と
  優雅なふるまいは、大学に、
  僕の謙虚は、鉄面皮の兵士にあげよう。
   僕の忍耐力は、賭博師に分け与えよう。
  愛の神よ、あなたが僕に教え、させたことは、
 僕の愛など不釣り合いだと相手にしない女を愛させ、
僕の贈り物など釣り合わないと蔑む者だけに贈ることだった。

  僕の名声は、かつて僕の友達だった人たちに、
  僕の勤勉は、敵である者に与えよう。
  僕の懐疑心は、スコラ学者に遺譲し、
  僕の病気は、医者か、不節制に、
  自然の造物主には、僕が書いたすべての詩を、
   僕の才知は、僕の朋友に贈ろう。
  愛の神よ、あなたは僕に、
  かつて僕に愛を芽生えさせた彼女を崇めさせることで、
与えるのに、もらったものを返すだけだという顔をするように教えた。

  次に弔いの鐘を鳴らされる人には、
  僕の医学書を差し上げよう。僕が書いた何巻もの
  道徳の勧めは、ベドラムの瘋癲病院に寄贈しよう。
  真鍮の古銭は、パンにこと欠く生活
  をしている人に、諸外国を旅する皆さんには、
   僕の英会話力を進呈しよう。
  愛の神よ、あなたは僕に、
 若い恋人たちには友情がふさわしいと思っている女を愛させ、
僕の贈り物をこんなふうにちぐはぐなものにした。

  だから僕はもう何も与えないことにする。代わりに、
  死んでこの世を滅ぼすことにする。だって愛も死ぬから。
  そうなればきみの美しさは何の価値もなく、
  誰も掘り出すことがない金鉱のようなもの。
  それにきみの魅力も墓場の日時計ほどにも
   役立ちはしない。
  愛の神よ、あなたは僕に教えてくれた、
 僕とあなたをないがしろにする女を愛させることで、
三者(※4)を根絶させる一つの方法を考え出し、実行することを。

【訳注】
原題:'The Will'

※1 イエズス会士は、ダンの時代には偽善の手本として見なされていた。

※2 カプチン派は、16世紀初頭、フランシスコ派から分派し、清貧を旨とする。名前は修道士が長く尖った頭巾(カプッチョ)をかぶることから由来。

※3 アムステルダムの分離派は、過激な清教徒で、善行による救済の教えに強い敵意を抱いていた。

※4 三者とは、詩人(僕)、詩人の恋人、愛の神のこと。

 

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ジョン・ダン全詩集訳 宗教詩