50 別れ―窓に刻まれた僕の名前に寄せて

 

        ここに刻まれた僕の名前が、
この窓ガラスに僕の堅固さを移したので、
 ガラスは、その呪(まじな)いが効いてからというもの、
 名前を刻んだ石と同じほどの硬さとなった。(※1)
きみの瞳は、そのガラスに、どんな岩から採れる
ダイアも敵わぬ高い値打をそえる。

        たいしたものだ、ガラスは。
僕のように、すべてを告白し、透かして見せる。
 そのうえ、きみにきみの姿を見せて、
 その姿をきみの瞳にくっきりと映し出す。
だが、愛の魔術は、そんな法則をみな覆し、
        きみは、きみとなった僕をここに見る。

        一つの点、一つの線も、
僕の名前の付属品に過ぎないが、
 降り注ぐ雨も、吹き荒れる嵐も、洗い落すことはできない。
 そこには、いつも変わらぬ僕がいる。
このお手本を常にともにしているきみは、
        固い操をいっそう固く守ることができる。

        それとも、この教えが、
なぐり書きの名前から学ぶには、困難で、深遠過ぎるなら、
 恋人たちの死すべき運命を説く
 髑髏の贈り物として保存するか、
このギザギザの骨ばった名前を、
        僕の荒廃した遺骸と思って欲しい。

        僕の魂のすべては、
きみの楽園の中にある(きみの中でのみ
 僕は理解し、成長し、見ることができる)。
 僕の体の垂木である骨は、
常にきみといるので、この家の屋根や床を張るタイルともいうべき
筋肉も、神経も、血管も、必ず戻ってくる。(※2)

        僕が戻ってくるまでに、
バラバラになった僕の体を繕い、組み立て直してくれたまえ。
 各々の星に宿る霊験あらたかな力は、
 それらの星が上昇点に達した時、
ガラスに刻まれた文字に、ことごとく
        注がれるという話だ。

        僕の名前が刻まれたのは、
愛と悲しみがちょうどその頂点に達した時なので、
 この、名前の感応力を遮る扉を閉ざさずにいてくれたら、
 愛の思いが募るほど、悲しみも募るだろう。
日々死ぬ思いをしている僕が戻ってくるまで、
        毎日喪に服していて欲しい。

        きみの思いやりのない手が、
この窓を押し開けて、僕の名前を身震いさせ、
 僕より才智に長け、財産を多く持った男の、
 新手の愛の攻撃に目を向けるようなことがあれば、
肝に銘じて欲しい、僕の名前は生きており、きみの仕打ちを、
        僕の守護神が怒っていることを。

        きみの女中が情にほだされ、
きみの恋人や使い走りの者に買収されて、
 彼の恋文を枕元においては、
 弁明をし、きみの怒りを宥め、
その結果、彼に気が傾き出すようなら、僕の名前が割り込み、
        彼の手紙を隠してくれるといいのだが。

        そしてこの裏切りが
おおっぴらな行為となって、手紙を書くようになったら、
 宛名を書くとき、僕の名前が
 窓から抜け出して、きみの思いの中に入るといいのだが。
そうすれば、忘れることで逆に思い出し、きみは、       
        知らずに僕に手紙を書くことになる。   

        だが、ガラスも、文字も、
固く結ばれた二人の恋を守る手立てにはならない。
 死にかけて意識が薄れた、
 眠りの中でのうわごとだ。
このような世まよい言は、きみと別れる辛さのせい、
        人が、死に際によく口走るようなものだ。

 

【訳注】


原題:'A Valediction: of my Name in the Window'

※1 ガラスに名前を刻むのには、ダイアモンドを用いた。

※2 人間には、植物の魂(成長)、感覚の魂(見る)、理性の魂(理解する)の三つの魂があると言われていた。

 

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ジョン・ダン全詩集訳 宗教詩