50  別れ―書物に寄せて

 

 (愛しい人よ)きみに教えよう。どうすれば、
 僕らを怒らせる運命の女神を、怒らすことができるか、
 女神が僕を遠ざけようとしても、ここに踏みとどまれるか、
  そして、そのことを後世に伝える方法を。
  どうすれば、きみの栄光が
  巫女シビル(※1)を凌駕し、
  ピンダロスから人気を奪った女、
 ルカヌスの詩の脚韻の乱れの手直しを手伝った女、
それに、ホメロスの作品の原作者と言われる女、に勝るかを。

まず、僕たちの原稿、きみと僕との間で
 交わした無数の手紙を研究するのです。
 次に、二人の年代記を記せば、その中に、
愛を浄化する炎に身を焦がす人たちのすべてが、
  愛の規範と手本を見出すだろう。
  そこには、分離派論者たちが
  非難する根拠となる信仰はない。
 愛の証拠を、作成し、保管し、利用することは、
愛の神が僕たちに与える恩恵であることを知るだろう。

この書物は、四大元素として、或いは、
 世界の形相として永遠不滅であり、この大著に刻まれた
 すべての語彙は、暗号か、新たな造語で書かれている。
僕たちは、愛の司祭のための唯一の法典である、
  こうしてこの本が完成すれば、
  獰猛なヴァンダル人やゴート人が
  再び襲ってきても、
 学問は安泰である。この書物という宇宙の中で、
学者たちは、学問や、天球の音楽や、天使の詩を学ぶことができる。

この本によって、愛の聖職者たちは(神は、すべて
 愛であり、神秘であるので)求めるものは何でも見つけることができる。
 抽象的、精神的な愛を好んで、
見えないものから引き出された魂を求めることも、
  信仰の弱さを
  ごまかすのを嫌って、
  目に見えるものや、利用できるものを選ぶこともできる。
 というのは、心は愛が坐す天国であるが、
美しい容姿は、それを表わすのに都合よい類型である。

この本で、法律学者たちは彼らの専門書以上のことを発見できるだろう。
 いかなる資格によって恋人が我がものとなり、
 愛の神から女に譲渡された特権が、
その所有権をどのように蚕食するかということを。
  女は、男の目や心から、
  上納金をたっぷりと絞り立て、
  頼る男を見捨てておきながら、 
 貞節や、良心を言い訳にするが、
そんなものは、女や、女の特権と同じく意味のない、怪獣キメラ(※2)だ。

この本で、政治家たちは(字の読める政治家たちだけのことだが)、
 自分たちの職業の基本を見出すことができるだろう。
 恋も、政治も、その本質を見極めようとすると、
どちらも致命傷を受けることになる。
  どちらも、成功するには、
  現状をまるく治め、
  弱みを見せず、つけこまれぬことだ。
 きみのこの本の中で、何も見ない連中は、
聖書の中に錬金術を見る者となんら変わりがない。

このようにきみの思いを吐露すれば、それを旅先で読もう。
 山の高さは、遠く離れてこそ見えるもの、
 愛の大きさは、一緒にいて試せるが、
その愛がいつまで続くかは、離れてこそ分かるもの。 
  緯度を測るには、
  太陽や、星が最も明るい時に
  観察するのが一番だが、経度を測るには、
 他にどんな方法があると言うのか、
いつ、どこで、暗い月食が始まるのかを見る以外。
  

          

【訳注】

原題:'A Valediction: of the Book'

※1 シビルは古代ギリシアの都市クマエの預言者、ピンダロスから人気を奪った女は、テーベの詩人コンテストで彼を打ち負かした女流詩人コリンナ、ルカルスを手伝った女は、彼の妻ポッラ・アルゲンタリア、ホメロスの原作者と言われる女は、エジプトの伝説の預言者ファンタジア。

※2 キメラは、頭はライオン、胴は山羊、尾は蛇で火を吐く怪獣。

 

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ジョン・ダン全詩集訳 宗教詩