書簡 ダンの部屋トップへ戻る

 

他の人は、自分の家屋の玄関や戸口に家紋を取り付ける。私は、自分の肖像画を掲げる。いかなる色をもって、私の肖像画のように、明白で、明暗のない、透明な心を描くことができようか。当然のことながら、新米の作家に対して私は疑いを抱き、こだわりを持ち、すぐによしとは言わない。私は酷評し、難題を課す。この自由な振舞いが他の自由よりも私に高くつくのは、私自身の作品が他の人のものに較べて劣っているからにほかならない。それでもなお非難をやめようとしないのは、そうすることが好きだからである。他の人がそうしたからといって報復するような不条理な真似はしない。彼らに私をしっかりつかまえさせておく限りは、彼らも私が噛みつくのを許してくれる。非難する人を禁じようとは思わぬが、トレント会議がやったように、書物ではなく著者を禁じて、その人の名前がつくものや、その人が書くものすべてを断罪するのは許せない。注:1どんなにひどい作者であっても、学ぶべきことや、避けるべきことの、何らかの手本を示してくれるものだ。今この本を書き始めるに当たって、誰からも借金するつもりもない。私の蓄えがいかほど持つかは分からない。使うほどに減るかもしれないし、増えるかもしれない。古代の書物から何か引用することがあれば、引用したすべてを後世の人に忠実に説明するだけでなく、引用したことを認め、私のために宝を掘り当てた人に感謝するだけでなく、その宝の場所まで明かりを照らして導いてくれた人にも感謝することにする。あなた方に覚えておいてほしいのは、(私には教えることができる読者などいないので)、ピタゴラスの教理によれば、一つの魂は、人から人に、人から動物にだけでなく、植物にも等しく伝わるということである。従って、同じ魂が、皇帝や、駅馬、それに茸にも現れるといって不平を述べてはならない。それは魂に準備ができていなからではなく、それぞれの器官における向き不向きに左右されるからである。だから、魂がメロンに宿っていた時、魂は動くことができなかったけれども、どんな淫らな宴会に出されたかを覚えていて、今私に告げることができる。魂が蜘蛛に宿っていた時には話すことができなかったが、誰が権力を握るために蜘蛛の毒を利用したかを覚えていて、今私に告げることができる。肉体が魂の他の機能をどんなに弱らせようとも、魂の記憶力は固有のものであり、魂がその遍歴を余すところなく語ったことを、真剣にあなた方に伝えよう。エヴァの食べた林檎であった時から、ある男性となるまでの魂の遍歴を、そしてこの本の最後にその男性の生涯をお見せしよう。(注:2)

【訳注】

注:1 トレント会議は、1545年から1563年にかけて開かれたローマ・カトリック教会の反宗教改革推進の会議で、発禁書の目録は定めたが、著者そのものは禁じてはいない。

注2: 『魂の遍歴』は未完の状態であり、原文’she is he’の男性’he’が誰であるか知ることができないが、ベン・ジョンソンが友人の詩人ドラモンドに語ったところによれば、この男性はカルヴィンであり、ゴッセやグリヤソンによれば、稿本によれば男性でなく女性となっている(she is she)ところから、『魂の遍歴』本文の61‐70行を根拠にして、エリザベス女王その人であろうと推定している。

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー