『魂の遍歴』序言 ジョン・ダンの部屋トップへ戻る

 

『魂の遍歴』は、

無限に捧げる

1601年8月16日

魂の再生

諷刺の詩

と付され、「書簡」と「魂の遍歴−第一の唄」の構成になっている。この詩が最初に出版されたのは1633年である。

 ちなみに、この詩の年月の前後にどういうことが起こっているか見ると、

1600年、エジャトン夫人没(1月20日)、アン・モアがローズリーの父の家に帰る。エジャトン卿、ダービー伯爵夫人アリスと再婚(10月)。ダンはエジャトン卿の結婚で、エジャトン卿の邸宅のヨークハウスからサヴォイに住居を移っている。

 1601年、エセックス伯が処刑される(2月25日)、エジャトン卿が管理するノーサンプトン州の自治都市ブラックレーの代議員として議会に参加(10−12月)、アン・モアが父親と共にロンドンに戻る(10月前後)、アン・モアと秘密結婚(12月)

 ダンがこの詩を書いた時期は、彼がエジャトン卿の秘書をしていて、後に秘密結婚するアン・モアと一時的に離れていた頃ということになる。

「魂の遍歴」には第一の唄とあるが、第二があるわけではなく、第一の唄は各連10行の詩が、52篇からなる520行にわたる長詩である。

 ダンが提示する主題は、魂の遍歴が植物の世界に始まり、動物へと変身し、最後には人間の姿を取る転生の循環にある。

 彷徨える魂が最後には誰に宿るかが疑問となるのは、この詩が終わりのない未完の状態であることと(それに反論してこの詩は完成した作品であると主張する者もある)、「書簡」にみえるこの人物を指す代名詞が1633年の版では’she is he’となっているのが、1635年の版から’she is she’となっていることにも起因する。

 ベン・ジョンソンは、「ダンは、エヴァがもいだ林檎の魂を求め、雌犬、雌狼、そして女の魂を探し求めた。ダンの目的はカインの魂から最後にはカルヴィンの身体に宿るまでの異端者すべての身体に至るまで提起することにあった」として、ダンが魂の最終に置こうとしたのはカルヴィンであるとしたが、エリザベス女王のことであるとする説もある。

 アレキサンダー・ポープは、この『魂の遍歴』を『諷刺詩』と『書簡詩』と並んでダンの最高の作品であると称賛している。

 

 

 

書 簡

魂の遍歴 第一の唄

 
 
 
 
 
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