トマス・コリャット氏の『不消化物の数々』に寄せて ダンの部屋トップへ戻る

 

偉大なるものを愛す心はどこまで舞い上がるのか、

膨張した君の魂、最高を半ば超える者よ。

ヴェニスの広大な湖を見て、次にはそれよりもっと

大きなものを求め、一人の高級娼婦を見つけ出した。

内海を十分見学した後で、君は

ハイデルベルグから地獄まで航海できるほどの

巨大なワインの樽注:1を見たいと思った。そして今、

君は、どの本よりも分厚いこの書物を著わした。

この本は、どこまでも続いて終りのない作品で、

誰も最後まで読むことができない。

この本は一つの物ではなく、実でも根でもない。

頭や足などで貧弱に限定されるものでもない。

人が人たる所以が、理性が働き、笑うことができる

ということであれば、君の本は半人前だ。

半分は手を付けているが、もう一方には

君の謙虚さが遠慮して触れていない。

いつになれば満月となるのだ、偉大な狂人注:2よ。

この世界を超越するまでか?君は鼻の上にできた

瘤にも似て、それが時には母なる鼻そのものより

大きく膨れ上がってのさばるようなものか。

それでは出かけるがいい。出かけたなら、

ミュンスター注:3が都市を、ゲスナーが著述家たちを案内したように、

ガロ・ベルギクス注:4の高みまで昇れ。

政治家のように、ガゼット注:5の発行人のように、深淵であれ。

戻って来た時には、いかにも見てきたように、

ウィリアム征服王やプレスター・ジョン注:6の話をせよ。

行け、恥ずかしがり屋の男よ、ここに留まれば

君の本が進まなくて赤面してしまうだろう。

君の本には、東西のインドが貢物を送るだろう。

西インドは黄金を送ってくるが、君はそれを惜しみなく、

(二度と見るつもりがないのか)本の印刷代に浪費する。

東インドは香り豊かな香料を寄越してくる。

君の本は、そこから送られてきた

ミルラ、胡椒、乳香を包むのに使われることになる。

それで君の本に箔が付く。だが、商人たちが

巨大な樽の箍(たが)を外したとき、君の本が

隣の商品に手を出すようなら、そうして君の本が

その品々を小分けして人々に届けるなら、

あるいはまた、大量のスグリやイチジク、

薬やアロマに使う小枝を、

使い勝手の良いように君の本が

ポンドやオンスごとに小分けするのに使われるなら、

あるいはまた、君の本が身をさらに落として、国産品や、

自家製品を、人混みあふれる市場で売るようなら、

そして、屋台に並んだ商品すべてを、妊婦のような形に包み込み、

君の本が買い手の求めに応じて商品を孵化させるように温めるなら、

その時こそ君の本がすべての事柄を取り扱っていると

正当に推奨することができと言うものだ。

かくして君は、昔の人がなしえなかった手段で、

一冊の全集、普遍的な書物を作ることができる。

立派な英雄たちは、祖国のために

その手足や血をさまざまな土地に投げ抛つ。

人を食い物にする極悪人ですら、

死亡解剖で切り刻まれて世のために役立つ。

君の本も同じようにバラバラになって役に立つ。

サイコロ賭博やトランプの賭けの賭け金代わりの計算に使う貴族には、

いくら本があっても足りないだろう。だが、一緒になって

気晴らしする友人には、各自一頁もあれば十分だ。

皆で君のために痛飲するかね?いや、ほどほどが

肝心だ。半人前の智恵には半パイントで十分。

ある紙片は、弾薬を包み、味方の命を救い、また

ある紙片は、マスカット銃に火薬を詰めて、敵を殺す。

君は次世代の批評家の気を鎮めることができないだろう、

彼らは一度に読んで空腹を満たすことができないから。

また、他人の智恵を盗む海賊も、船底、つまり

書庫で寝ている君を見つけ出す望みもないだろう。

ある紙片は他の本の綴じ糸に糊付けされているので、

別の本を読んでいる者が、

君からわずかばかりの智恵をくすねることもあるだろうが、

それはたかが知れている。しかし次のことは真実だと思う。

シビル注:7の本のように、君の本も神秘的なものだ。

つまり、一頁一頁が全部と同じ価値を有している。

そういう理由で、私は自分の無能を白状する。

君のために乾杯しようにも、私の脳みそはとてもついていけない。

君の巨大な智恵は私を投げ倒し、私は倒れる。

だから、全部読もうとするより、いっそ読まないことにする。

 

多言語混合体の詩の調子にて注:8

この二つの二行連句が完璧な言語学者を育てるように、

君の書物が多くの賢明な政治家を育成することだろう。

この詩が理解されるという栄誉に与れるなら、私は満足である。

誰からも信じてもらえないという栄誉は、君に譲る。

                         完。ジョン・ダン

【訳注】

この詩は最初、『コリャットが五カ月間の旅行で急いで丸呑みした不消化物の数々』(Coryat’s Crudities hastily gobbled up in five months’ travels)として1611年に出版され、ダンの詩集には1649年に現在の題名で初めて収められた。

トマス・コリャット(1577?‐1617)は、ジェイムズ一世の道化をしていたが、1608年、大陸への徒歩旅行に出発し、その旅行記を『コリャットの不消化物』(Coryat’s Crudities)として1611年に出版し、ダンの詩はその序文を飾るものであった。コリャットはその後東方の旅に出て、インドのスラト(インド西部グジャラト州南東部の市で、1612年に英国のインドにおける最初の拠点となった)で没した。当時の知識階級に学識ある奇人として愛された。

注:1 コリャットは、このハイデルベルグの巨大な樽には28,000ガロンのワインが貯蔵できると見積もっている。

注:2 狂人は月の満ち欠けに支配されると考えられていた。

注:3 ミュンスター(Sebastian Munster, 1489-1552)は、ドイツの神学者で地理学者。『宇宙形状誌(Cosmographia, 1541)』を著わした。ゲスナー(Konrad von Gesner, 1516-65)は、スイスの医師で博物学者。1545年に『世界の図書館』(The Library of Universe)を著わし、彼の『動物誌』(1551‐58)は、動物学の草分けとなった。

注:4 ガロ・ベルギクス(情報誌の名前)については、『エピグラム』の「メルクリウス・ガロ・ベルギクス」の訳注を参照。

注:5 ガゼットは、16世紀にヴェニスで月1回発行された新聞で、その料金が1ガゼット(小額のコイン)であったことから、新聞の異名として用いられた。

注:6 プレスター・ジョンは、伝説上のキリスト教修道士、またはエチオピアの王様。

注:7 シビルはクマイ(イタリアにおける最古のギリシア植民地で、ナポリの近くに築かれた)の巫女で、ローマ王タルキニウスに9冊の予言書を売ろうとしたが、王が値段が高いと拒否したので、3冊を残して全部焼いてしまった。残りの3冊も同じ値段を請求し、王はそれを支払った。

注:8 以下の文は、英語、ラテン語、フランス語などの多言語からなる。訳出に当たっては、A.J. Smithの英訳を用いた。

 

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ジョン・ダン全詩集訳 婚礼祝歌