行ってしまうがいい、愚かな道化の気分屋よ、
僕を放っておいてくれ、この据え付け家具のある書斎で、
わずかばかりの本に付き添って、寝るときは
牢獄(注:1)とし、死ぬ時にはここを僕の柩としよう。
ここには神の導き手である、厳粛な聖職者がいる。それに
自然の秘書(注:2)である哲学者もいるのだ。
また、横柄な政治家たちがいて、そいつらが
市の神秘的な組織体の筋骨の結び方を教えてくれる。
ここには情報をかき集める年代記の編者たちがおり、その傍らには
各地の軽薄な夢想家の詩人たちがいる。
それなのに、この忠実な連中を見捨てて、
軽率で、向こうみずで、頼りにならないおまえについて行かなくてはならないのか?
まずおまえの最高の愛にかけて真面目に誓うのだ、
(誰でも愛してしまうおまえに、誰かを最高に愛せるかどうかだが)
街の真ん中で僕を置いてけ堀にしないと。
もっとこざっぱりした連中に出会っても、
また、死んだ四十人の兵士の給料(注:3)で
ちょっとばかり着飾った隊長が途中やって来ようと、
鼻をつく香水をつけた粋な宮人(みやびと)が
おまえの挨拶に応え、鷹揚な会釈を返そうとも。
また、ビロードの衣裳をまとった判事殿が、長い行列をなして
青いお仕着せを着た召使たち(注:4)と、十二人、十四人の屈強な男たちを連れて来ようと、
彼に笑いかけたり、尻尾を振ったり、
彼の麗しい跡取り息子の機嫌を取るような演説をするのはやめてほしい。
良くも悪くも僕をとるか、放っておくか、どちらかにしてくれ。
僕を取ったうえ、捨てるのは、不義を為すことだ。
ああ、怪物のような、迷信深いピューリタン、
洗練された作法を弁えながらも、儀式ばった男、
そんな男に出会ったら、疑いの眼(まなこ)で
探りを入れて、けちな質屋がやるように、
そいつが身に付けている絹や金を値踏みし、
その価値の高低に応じて、おまえの帽子を揚げる高さを決めるのだ。
おまえは誰とも付き合わないだろう、その男が
どのくらいの土地を相続できそうか、また自分の土地をもっているか分かるまで。
まるでおまえの仲間が全員、おまえに
妻としての共有財産を与え、愛しい連合いとなるべきだとでもいうようだ。
(おまえは、太って薄汚れた娼婦や
若い男娼の、一糸まとわぬ裸体を
楽しむことを是認するだけでなく、
好色の眼でうずうず、愛し、熱望しているのに)どうして、
美徳を憎むのか、彼女だって裸で、何も着ていないではないか。
生まれた時も、死ぬ時も、僕らは裸(注:5)ではないか。
それに、僕らの魂も、肉体という衣裳を脱ぎ捨てるまでは、
神の祝福から追放されたままだ。
人が最初に祝福された状態は裸であったが、罪によって
それを失い、獣の皮をまとった(注:6)に過ぎない。
それが今、僕はこの粗末な衣服を着て
神や、ミューズの女神と話を交わしている。
だが、おまえが、悔悛した懺悔者のように、
慈悲深い警告によって自分の罪を受け入れ、
虚栄心や浮気心を悔い改めたからには、見たまえ、
僕は部屋のドアを閉めた。さあ、一緒に出かけよう。
ところが、黒い羽根飾りや、麝香色の半ズボンのように、
大勢の罪作りな男たちによって擦り減らされ、
その中の誰が、彼女の子どもの本当の父親か、
名指しすることができない、安っぽい娼婦、
ロンドンの姫君(注:7)、インドの財宝の相続人を
誰が勝ち取るか、言い当てることができる者はいない、
我らの、才気煥発にして、奇を衒う若者が
来年、どんな帽子や、襞襟や、スーツが流行して、着用するかを、
天体図を描くようには自信を持って告げることのできない
人を欺く天気の占い師、
そういう連中同様、僕を見捨てていく時、おまえは
どこへ、なぜ、いつ、誰と一緒に行くのか、示すことができない。
だが、自分の良心に反してこのような罪を犯した僕が
どうして許されることがあろうか。
僕たちはもう、街の中にいる。彼は、何はさておき、
先見の明もなく高慢にも、壁際に身を寄せて歩く(注:8)ので、
僕に拘束され、閉じ込められ、
自分のわずかな立場を守って、自由を失う。
それで彼はもう、挨拶するために飛び出して行くこともできない、
どんなに美しく派手な絹をまとった愚か者がやって来ようと。
それでも彼は、好色な笑みを浮かべては、彼らを自分の方へと誘惑する。
にやにや笑い、舌を鳴らし、肩をすぼめ、しかも、むずむずするのを耐える姿は、
外に楽しい遊びがあるのに、我慢している
丁稚か、小学生のようなものだ。
バイオリン弾きが、最低部を押さえて最高音を出すように、
彼は、最も派手に着飾った者に対しては、地面にひれ伏す。
ところが、地味な服装の者に対しては見向きもしない、それは
かつて、政治の分かる賢い馬が動こうとしなかった(注:9)ように、
また、象君や、猿君、おまえたちに
スペインの王様の名前を出しても身動きしないのと同じだ。
突然、彼は飛び上がり、僕を突きのけ、叫び声をあげる。
「向こうに、美しい顔立ちの青年が見える」、「どこに?」、「ほら、
すごく上手に踊っている彼さ」。「ああ」、と僕は答えて言う、
「じっとしていたまえ、ここでおつきあいに踊らなくてはならないのか?」
彼はしょんぼりし、僕たちは先へ進み、
(煙草の飲みっぷりがインディアンより上手な)者(注:10)と
出会う。二人は話しこむ。僕はささやいて、「さあ、行こう、
君にはあいつのことが臭わないかもしれないが、僕には臭うのだ」
彼は僕の言うことを聞いたからではなく、向こう側に
孔雀のような色とりどりの男を見つけたので、
僕とその男を残して行った。僕は迷える羊のために留まった。
彼は、追いかけ、追いつき、道を歩きながら話す、
「さっき僕が別れた男は、
衣装の装飾の創意工夫にかけては評判の男で、
レースや、孔飾り、装飾帯、襟襞、切れ込み、プリーツの
選定にかけては、宮廷の誰よりも優れていると自惚れている」
「下手な喜劇役者(注:11)にはうってつけだろう、奴のことは放っておけ。
ほら、しっかりしろ、どうして君はそんなに卑屈になるのか?」
「どうしてかって?彼は外国帰りだからだ」、「長期の?」、「そうではないが、僕には
(まったく理解できないが)、彼の
フランス語や、イタリア語が完璧のように思えるのだ」。僕は答えて言う、
「梅毒だって舶来だ」。彼はそれには答えず、
身分の高い者、才能豊かな者、資質の優れた者に目を向ける。
とうとう彼は、窓辺に自分の恋人を見つけ、
蒸発する露のように、僕を振り棄て
あの好色女のところへ一目散に駆けつける。
彼は、喧嘩し、戦い、血を流したあげく、ドアから放り出され、
意気消沈して、直ちに僕の処に戻って来た。
そうして、しばらくの間、じっと床に就いていなければならなかった。
【訳注】
注:1 「(ここは)牢獄」という考えは、ハムレットの「デンマークは牢獄だ」(2幕2場234行)と相通じるものがある。
注:2 自然の秘書である哲学者とは、アリストテレスをさす。
注:3 徴兵の兵士の給料を、彼らが死んだ後も詐取する隊長は、シェイクスピアの『ヘンリー四世・第二部』に登場するフォルスタッフを彷彿させる。
注:4 召使は青い上着を着ていた。また身分の低い法廷の吏員や教区吏員も同じように青い上着を着用していた。
注:5 「人は、裸で母の胎を出たように、裸で帰る。来た時の姿で、行くのだ」(『コヘレトの言葉』5章14節)。
注:6 「主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた」(『創世記』3章21節)
注:7 「姫君」(Infanta)の原義は、スペインの王と王妃の長女で、王座の相続人ではない王女を意味する。しかしこの語は貴族の娘を意味するのに広く用いられた。
「インドの財宝の相続人」は、単に、莫大な財産を相続する立場にあることを意味するが、ダンが誰かを特定していたかは明らかでない
注:8 歩道の真ん中は、家屋の二階から汚物やゴミを投げ捨てられる危険があるため、壁際は身分の高い者に譲られた。
注:9 1590年代に、バンクスという興行師が、観客の要求に応えたり、拒んだりするモロッコという名前の馬の見世物を興行していた。同じく1590年代に、ロンドンで、象や猿の見世物の興行が行われていた。
注:10 煙草がイングランドにもたらされたのは、1565年であるが、1586年にウォルター・ローリーがインディアンのパイプをもたらすまでは吸うものではなかった。
注:11 下手な喜劇役者は、人を笑わせるのに衣装に頼る。
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