エピグラムの詩篇 ダンの部屋トップへ戻る

 

ヒーローとリアンダー

ともに空気を奪われ、僕たちふたり、一つの土に伏す。
ひとりは火で焼かれ、ひとりは水に溺れた。

【訳注】

ギリシア神話のヒーローは、アフローディテの女神官で、リアンダーの恋人。リアンダーの溺死を嘆いて自ら海に身を投じた。リアンダーは恋人ヒーローの かかげる灯を目当てに毎夜ヘレスポント海峡を泳ぎ渡って行ったが、嵐で溺死した。
クリストファー・マーローに、同じ題名の長詩がある。
この詩の中には、空気、土、火、水の四元素が含まれている。

 

ピラマスとシスビー

ふたりは、互いに、愛し、恐れ、自ら
命を絶った。残酷な味方は、互いを引き裂くことで、一体となった。

【訳注】

ピラマスとシスビーは、オウディウスの『変身物語』の恋人同士。二人の両親が二人の仲を引き裂こうとしたので、一緒に駆け落ちすることを決心するが、 ライオンに怯えたシスビーは待ち合わせの場所から逃げ出したが、ピラマスは彼女が死んだものと思い込み、自ら命を絶つ。シスビーが戻ってきてピラマスが死んでいるのを発見し、 自分も命を絶つ。二人の両親は、二人の亡骸を一緒に埋葬した。 シェイクスピアの『夏の夜の夢』では、アテネの職人たちが公爵の結婚式の祝宴で、『ピラマスとシスビー』の悲喜劇を演じる。

 

ニオベ

子どもたちの誕生と死によって、わたしは
すっかり干からびてしまい、自ら墓となりました。

【訳注】

ギリシア神話のニオベは、十四人の愛児をレトに自慢したため、レトの子、アポロとアルテミスに愛児を皆殺しされ、悲嘆のあまり石化してなお涙を流し続けた。

 

燃える船

燃える船から逃れる術はない、
炎から逃れる道はただ一つ、溺れるだけ。
船から飛び降りる者あれば、敵の船に近づき
乗り移ろうとする者あり、彼らを待つのは一斉射撃。
かくして船上にある者、ことごとく命を落とす。
  焼かれて海の藻屑となるか、燃えた船とともに水没する。

【訳注】

1596年、カディス攻撃でスペインの旗艦サン・フェリーペ号を襲撃して船に火をつけた時の様子。ダンはこの時、エセックス伯とローリー卿のカディス遠征に参加している。

 

城壁の崩壊

地雷と砲撃で崩れ落ちた城壁
の下敷きになって死んだ勇猛果敢な隊長、
最も幸せな者ですら羨む、その立派な最後、
町そのものが彼の墓となって、その亡骸を埋葬するのだから。

【訳注】

1589年、ラ・コルニヤ(スペイン北西部ガリシア自治州の大西洋岸に臨む県)での戦闘の出来事。この地は、1588年、スペイン無敵艦隊が出港した場所でもある。

 

足の萎えた乞食

向こうにいる乞食が、立つことも、動くこともできませんと叫んでいる、
それが本当なら、彼は寝言を言っているのだ。

【訳注】

「寝言を言う」は、原文では’lies’となっており、「寝る、横たわる」と「嘘をつく」の両義がある。「寝言」の訳は、湯浅信之氏の訳語を拝借した。

 

カディスとギアナ

旧世界の果てまで征服した上に
その燃える勇気を新世界に向けるなら、
なんと立派な手本を証明することになることか、
ひとつの終わりが、新しいことの始まりであることを。

【訳注】

1596年、カディスの略奪の後、イギリスの艦隊は財宝を積んだスペインの艦隊を襲い、ローリー卿のギアナ遠征に従った。1597年夏には、アゾレス諸島への遠征を望んだが、女王に拒否された。

 

サー・ジョン・ウィングフィールド

古くからある石柱を超えて多くの者が旅をした、
太陽の揺籠、太陽の玉座、寝床の方角へと。
我らの伯爵は、その石柱よりふさわしい柱を
かの島に建てた。 伯爵はよくご存知であった、
ウィングフィールドより遠くには誰も敢えて行かないことを。

【訳注】

サー・ジョン・ウィングフィールドは、1596年、エセックス伯のカディス攻撃の司令官で、その攻撃の最中に戦死した。 「古くからある石柱」とは、ヘラクレスの柱と呼ばれるもので、ジブラルタル海峡を挟んで聳える二つの岩山のこと。 湯浅信之氏の注釈では、「太陽の揺籠」を「東」、「寝床」を「西」としているが、A.J.スミスは「揺籠」を西方とし、「王座」と「寝床」については、パトライズは「南」と「北」と注釈している。 「我らの伯爵」とは、エセックス伯爵、「かの島」はカディス、「ふさわしい柱」は、記念碑を表わす。

 

自分で自分を非難する人

君の奥さんは、君が娼婦の尻を追いまわすと言ってはいつも非難している。
それが本当であったとしても、彼女がそれを言うのは、奇妙なことだ。

 

淫らな人

君の罪と、君の髪の毛が相等しいとは誰も言えない。
君の罪が増えるほど、君の髪の毛は抜け落ちるのだから。

【訳注】

髪が抜け落ちるのは、梅毒に罹ったせいだというジョークがあった。

 

古物収集家

もし、彼が細心の注意を払って書斎に
古くて、見なれない物を懸けるようなことをすれば、妻よ、用心せよ。

【訳注】

『ハモン』という題名の版もある。ハモンという人物については不明だが、『諷刺詩 X』の87行に古物収集家としてのハモンが登場する。

 

勘当された息子に

君の父親は、遺言で君には何も残さず、
貧者にすべてを与えたが、君にはまだ立派な称号が残されている。

 

フリューネ

フリューネよ、おまえのお気に入りの肖像画がお前に似ているのは、
ともに厚化粧、という点においてだけだ。

【訳注】

フリューネの名前については、紀元前四世紀、美貌で有名なアテネの高級娼婦がいた。

 

難解な作家

ファイロは、十二年の研究の成果が理解されたことで、
嘆いている。いつになったら、彼は信じてもらえるだろうか?

【訳注】

ファイロは実在の人物ではない(パトライズ)。

 

クロキウス

クロキスはウ、心に深く誓った。二度と
みだらな女の家には行かないと。それで、彼は家に戻らないことにした。

【訳注】

1633年の版では題名は付いていなかった。 クロキウス(Klockius)は、オランダ語のkloek(ずるい人)からとった名前であろう(パトライズ)。

 

ラデルス

どうしてこの男はマルティアリスを去勢してしまったのか、僕が思うには、
自分ひとりが、彼の秘儀を使うつもりだったのだ、
ちょうどカテリーナ女王が、宮廷のためだと称して、売春宿を潰したように。

【訳注】

ラデルスはドイツのイエズス会士のMatthew Raderで、1602年にローマの諷刺詩人マルティアリスの詩を、不適当と思われる箇所を削除して出版した。 カテリーナ女王については人物の特定が定かではない。 「宮廷のため」については、A.J. Smithは、(1)宮廷のモラルを守るため、(2)宮廷がセックスの商売の認可の独占をするため、という二様の解釈を示している。

 

メルクリウス・ガロ・ベルギクス

ああ、メルクリウスよ、イソップの同僚の奴隷のように、
おまえは、軽率にも何でもできると信じ込んでいる。私はと言えば、
イソップのように、何もできないと思っている。
おまえの自信が少なければ、私はもっと信じていただろう。
おまえの自信がおまえの信頼を損なっている。
この場合、おまえがして欲しいと思うことを人になすことが罪であるように、
すべてを信じることは罪なことである。おまえの名前を変えるがよい。
おまえは盗みにかけてはメルクリウスだが、嘘をつくことにかけてはギリシア人なみだ。

【訳注】

「メルクリウス・ガロ・ベルギクス」は、1588年から1654年にかけて発行されたラテン語の情報誌で、最初は年一度の発行であったが、後に半年ごとに発行された。その名前は「噂話の報道」を意味する。 「イソップの(二人の)同僚の奴隷」は、奴隷の買い手の質問に対して、同僚の奴隷二人が何でもできますと答えたのに対し、イソップは何もできないと答えた故事。 「メルクリウス」は、ローマ神話の商売の神、雄弁家・職人・商人・盗賊の守護神。また「報知者」の意味があり、しばしば新聞・雑誌の名称に使用される。 「(古代)ギリシア人」は、狡賢くて、嘘つきだと見なされていた。

 

ラルフィウス

この世に同情が甦った。
 ラルフィウスが病気になったが、質屋が彼のベッドを守っている。

【訳注】

この詩の解釈には幾通りかある。A.J. Smithの注釈によれば、(1)ラルフィウスが質屋で、彼が病気になって伏せっているので、彼の不在によってこの世に同情が甦ったという解釈、 (2)質屋がラルフィウスのベッドを担保として抑え、ラルフィウスが病気になった時、質屋が心配して付添いとして彼のベッドのそばに立って見守るという解釈。

 

嘘をつく人

食事時になると、君は野に出て行く。
  そして、王様のような食事をしたと言い張る。
ネブカドネツァルのように、草や花だけの、
  スペイン人が食べるサラダより粗末な食事であっても。

【訳注】

ネブカドネツァルについては、『ダニエル書』4章33節に「この言葉は直ちにネブカドネツァルの身に起こった。彼は人間の社会から追放され、牛のように草を食らい、その体は天の露にぬれ」とある。 スペインの平民はイギリス人から草と水だけ食べて生きていると思われていた。

 

男らしさ

君は、僕が女性の喜びを愛するといって、僕のことを女々しいと言う。 君が若い男を追い回すからといって、僕は君を男らしいとは言わない。

 


 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エピグラム