蒸留器に入った薔薇の花汁の芳しい香りのように、
麝香猫の毛孔から染み出る甘い香りのように、
東雲の万能薬、乳香(注:1)のように、
僕の恋人の胸から滴る汗は、芳しい。
彼女の首筋に輝く汗は、
汗というより、真珠のネックレス。
君の恋人の額を汚すいやな臭いの汗は、
まるで生理の膿の下り物のようであり、
あるいは、必要に迫られた無法の法に
強いられて、サンセールの飢えた人々(注:2)が
短靴でも長靴でも、そのほかなんでも
少しでも滋養になるものがあれば煮詰めた滓汁のようでもある、
また、鍍金(めっき)した錫の台にのった偽物の宝石のようであり、
彼女の肌にぶら下がった疣(いぼ)か、腫れもののようでもある。
僕の恋人の頭は、どこから見ても地球のように丸い、
それは、イダの山頂に落とされた運命の球(注:3)のように、
あるいは神が最も警戒していたもの、
それを盗んだことで我々が死ぬ運命となった球(注:4)のように。
君の恋人の頭は荒削りの黒玉石の像のようで、
眼も、鼻も、口もどこにあるのかはっきりしない。
その顔は、天地創造の初めの混沌(カオス)か、はたまた地球の影となった時の
月の女神シンシアのようにのっぺりとして見える。
僕の恋人の胸の美しさは、プロセルピナの純白の美の玉手箱(注:5)、
あるいはジュピターの幸運の壺(注:6)のよう。
君の恋人の胸は、鮫肌で、虫に食い荒らされた樹の幹か、
外側は埃まみれで中は悪臭漂う墓のようだ。
風に揺れるスイカズラの茎のように
ほっそりとしなやか、それが僕の恋人の腕や手。
まるで、楡の木の枝のごつごつした樹皮、
狂気や罪を理由に(注:7)鞭打たれたばかりの男の赤銅色の肌、
四つ裂きの刑で城門に晒されて陽に焼けた死体、
君の恋人の肌は、そのように気の毒な状態だ。
それに、ギザギザした人参の束のような
君の恋人の痛風病みの手の指は短くて、膨れ上がっている。
ランビキの温もった子宮の中で、錬金術師の
むらのない男らしい炎が
大地の価値のない土塊に黄金の魂を吹き込むように、
僕の恋人は最愛の場所をそのように大事な熱を燃やしている。
君の恋人のその場所は発砲した銃口のように恐ろしげ、
粘土の鋳型に流し込まれたばかりの
熱せられた液状の金属か、まわりの草が
焼き尽くされたエトナ山(注:8)に似ている。
それで君の口づけは膿んだ傷口を吸う蛆虫のように
汚らしい、いやそれ以上だ。
君が恐る恐る触れる手は、花を摘む人が
常に蛇を恐れるように、震える。
君の最後の行為は、鋤が石ころだらけの土地を
引き裂くように、激しく、粗っぽい。
僕たちは、行儀正しいキジバトのように口づけしよう、
司祭がうやうやしく神への捧げものをするように、
また、外科医が傷口を探るように
僕たちは、抱き合い、触れ合い、口づけをしよう。
彼女を捨てたまえ、そうすれば僕もこんな比較はやめにしよう、
彼女も、比較することもおぞましい。(注:9)
【訳注】
比較=この詩のタイトル’Comparison’を「比較」と訳すか、「比喩」と訳すか迷うところだが、二人の恋人を比較する面白さをとって、「比較」とした。
注:1 乳香=朝露の比喩。朝露は傷をいやし、生命を養う力があると思われた。
注:2 サンセールの飢えた人々=1573年、カトリック教徒がフランスのサンセールのプロテスタントを9か月間にわたって包囲し、500人の人が餓死した。
注:3 イダの山頂に落とされた運命の林檎=不和の女神エリスが、テティスとペレウスの結婚式でイダの山頂で客たちの間に投げた黄金の林檎を拾った者にトロイの王子パリスが一番の美女の判定を下すことになり、それがトロイ戦争へと導くことになった。
注:4 運命の球=林檎のこと。
注:5 プロセルピナの玉手箱=黄泉の国の女王プロセルピナから、蝶の羽根をつけた美少女プシュケが奪った美の香油の入った箱。プロセルピナの白く美しい胸の比喩でもある。
注:6 ジュピターの幸運の壺=美と調和の象徴。
注:7 狂気を理由に鞭打たれ=狂気は悪魔のせいだとされ、その悪魔を追い払うのに鞭打ちが慣習的に行われた。
注:8 エトナ山=シチリアの活火山。
注:9 比較するのもおぞましい(comparisons are odious)=シェイクスピアの『から騒ぎ』、3幕5場15行のドグベリーの台詞に’Comparisons are odorous (= odious)’がある。
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