エレジー 2 アナグラム(綴り替え) ジョン・ダンの部屋トップへ戻る

 

フレイヴィアと結婚し、愛してやれ。

彼女は美人に必要なものはすべて備えている。

眼は小さく、口は大きい、

唇は象牙色で、歯は黒玉色、

眼はどんよりしていて、尻は軽い、

髪はバサバサ、肌は荒れ放題、

頬は黄色く、髪は赤いが、それがどうした。

君の童貞を彼女にくれてやれ、彼女は処女だ。

それら美の構成要素がそろっていれば、

完全なものとして喜ばねばなるまい。

赤色と白色、それにそれぞれ立派な特性が

君の女にあるなら、それがどこにあろうと構うことはない。

香水を買う時、麝香や竜涎香が入っているかを尋ねても、

それがどこに入っているか尋ねはしない。

彼女の身体の部分もあるべきところにないのは、

美しい顔の綴り替えに過ぎない。

文字も一通りにしか並べられないとしたら、

言葉は貧弱なものとなり、何が言えようか?

ある音楽家が音階を並べて

完全な曲を作れば、別の音楽家は

その同じ音階を並べ替えて、等しく完全な曲を作る。

それ自体が優れていれば、役に立たないことはない。

誰もが彼女と同じであれば、彼女は誰にも劣らず美しく、

誰にも似ていないとすれば、彼女は類い稀である。

すべての愛は驚きである。我々が正当に

彼女の顔を驚くべきものであると見なせば、どうして愛さずにおられよう?

美に頼る愛は、美と同じくすぐに消え失せる。

この顔を選べば、これ以上醜く変わることもない。

女はみんな天使のようなもの、美しい女は

地獄に落ちた天使のようなものだが、彼女のような女は

正しい天使に対するように、なにものも傷つけることができない。

昔は美しかったと言われるより、いま醜いのは悲しむべきことではない。

一夜の饗宴のためには、絹や黄金を選ぶが、

長旅には、木綿や革の服を用いる。

美は時に不毛である。最良の開墾者いわく、

最も悪しき道に最高の土地ありと。

彼女こそ最善の治療薬となろう、

君の過去の数々の罪が君に嫉妬を教えたならば。

ここにはスパイも宦官も必要ない。彼女は

君の敵に対しても、色狂いの奴にも安心して任せられる。

ベルギーの都市注:1はまわりの土地を水浸しにして、

汚泥で守ることで町を武装した。

彼女の顔もそうして彼女を守る。君にとってもそうだ。

やむなく所用で旅に出て留守にしても、

彼女の顔は、雲のように昼を夜に変える。

彼女は海より強力で、ムーア人すら色白に見える。

たとえ七年間売春宿にその身を置いても、

修道院も彼女を処女として迎えるだろう。

彼女がお産の床につけば、

産婆は誓って言うだろう、「太っただけです」と。

たとえ彼女が自分で自分を責めても、

不可能なことを自白する魔女ほどにも信用できない。

張形も注:2、寝台の脚も、ビロード張りの鏡ですら、

ヨゼフのように(注:3)触れるのも厭うことだろう。

誰にも似ず、誰からも好かれない、それこそ最高、

流行のものは誰もが身につけようとするのだから。

 

【訳注】

注:1 ベルギーの都市=オランダなどの低地国は防衛のために堤防を開け、周囲の土地を水浸しにした。

注:2 張形、寝台の脚、ビロード張りの鏡=女性の自慰行為の道具

注:3 ヨゼフのように=ヨゼフを奴隷として買ったエジプトの高官ポテパルの妻が、ヨゼフを何度も誘惑しようとして失敗する(『創世記』39章7‐20節)。

 

【注釈】

エレジーは、本来挽歌形式の詩であるが、オウディウスやローマの詩人たちは韻律で書かれた恋愛詩としてこの語を用いた。ダンのエレジーは彼の時代において彼の詩の中でも最も人気があった。なかでもこの『アナグラム』は最高の評価で、スコットランドの詩人、ウィリアム・ドラモンド(William Drummond、1585-1649)は、この詩をもってダンを英国における最高の寸鉄詩人と称した。

題名のアナグラム(anagram)とは字句のつづり変えによる「字謎遊び」のこと。1593‐6年の作。醜を賛美する逆説表現はイタリアからもたらされた当時の流行であり、極端に醜いものを賛美する詩は16世紀ヨーロッパにおいて流行していた。

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー