エレジー 18  愛の遍歴 ダンの部屋トップへ戻る

 

恋をして、真(まこと)の恋という正しい目的を

持たずにいる者は、船酔いするために

船出するようなもの。

恋は、生まれたばかりの注:1仔熊のようなもの、

下手に舐め過ぎて、新奇な形に仕立てようとすれば、

過ちを犯して、怪物の塊を造り出してしまう。

仔牛が成長して人間の顔をもつようなことになれば、

牛の顔よりましになったとしても、怪物ではないか。

完全とは統一にあるもの。まず初めに

一人の女を愛し、次にその女にある一点を愛すのだ。

僕は黄金を愛すが、それは

しなやかに延び、応用範囲も広く、

健康にも効き目があり、純真であるからで、それは

錆びることなく、ものにも染まらず、火にも犯されない、

だが、僕がそれを愛すのは、それが

僕たちの新しい本性、習慣によって、商いの魂となっているからだ。

 女にこれらすべてのものが備わっていると思ったとしても

(女にそれらが備わっていたとしての話だが)愛すのはただ一点でよい。

女が女であるということ以外のことで、女を愛している

などと言うことは、女を傷つけることでしかない。

美徳が女を作れるか?注:2賢くて善良な女を見つけるまで

僕の血を抑えていなくてはならないのか?

不妊の天使ならそれもできよう。だが僕たちが

女を愛すのは、美徳が彼女であるからではない、

美や冨が彼女ではないのと同じように。

彼女自身から彼女の所有物に心を移すのは

彼女の侍女に手を出すことより不義なこと。

天球を隈なく探そうと、僕らのキューピッドはどこにもいない。注:3

彼は地獄の神様であり、プルトンとともに

黄金と業火注:4の黄泉の国に暮らしている。

人々は、それらの神々に捧げる石炭を

祭壇にではなく、洞窟に置いた。注:5

地球の上を天球が動くのを仰ぎ見るが、

僕らが耕し、愛すのは大地である。

彼女の素振りや、言葉、心、それに

美徳のことを考えても、本当に愛すのは、中心部。

 それに較べれば、魂も価値があるとは言えず、愛に

相応しいとも言えない、それは魂と同じく無限だ。

だが、その望むべく処に辿り着こうと

顔から出発して、なんとさ迷いまわることか。

髪は森、そこには伏兵がおり、

罠や落とし穴が仕掛けられ、手枷や足枷がある。

額は、広くて滑らかであれば、凪いで僕らを足止めするが、

皺があれば、僕らを難破させて戻らせる。

滑らかな額は天国の楽園、僕らはそこに

いつまでも留まるだろう。だが、皺だらけの額は僕らの墓場だ。

鼻は、第一子午線注:6、だがそれは

西と東の間ではなく、二つの太陽の間を走っている。

その両側には、薔薇色の半球の頬がある、

鼻は、そこを通り抜け、僕たちを

幸福が宿る島々注:7へと導く。

(ほのかな香りのカナリアワインではなく、神の酒である)

彼女のふっくらした唇。そこに到達すると、

碇を降ろし、我が家に戻ったような気分になる、

そこはすべてそろっているように見え、セイレンの唄声注:8

デルポイ注:9の神託が耳を満たしてくれる。

入江には選りすぐった真珠がこぼれんばかり、それに

コバンザメのような、彼女の吸いつく舌がある。

そこを過ぎ、輝かしい岬の顎を

通り過ぎると、彼女の胸、

セストスとアビドス注:10の間にあるヘレスポント海峡に至る。

(二人の恋人のではなく、二人の愛の巣の)

それは果てしのない海へと続くが、君は

そこに小さな島のように点在する黒子(ほくろ)を目にするだろう。   

さらに彼女のインドを目指して航海を続けると、その途中、

彼女の美しい大西洋の臍に立ち寄ることになる。

そこからは潮流が君の水先案内人となるが、

君が入港したいと思っている場所に着く前に、

多くの船が難破する別の森に邪魔をされ、

先に進めなくなる。

そこに着いたら、君が顔から出発したために、この追跡が

どれほど多くの時間を浪費したか、とくと考えることだ。

 僕にならって下の方から始めるべきなのだ、

足は、君が探し求めている部分にいくらか

似通っていて、君の案内図として一時停止するには

もってこいだが、長く留まるところではない。

足は、最も偽装しにくいところであり、変化しないところ、

悪魔ですら自分の足を変えることはできない注:11という。

足は、貞節を表わす表象。

足は、寝床に入ってくる最初の部分。

礼儀作法が洗練されるにつれ、口づけの喜びは

顔に始まり、手へと移り、

皇帝の膝から、

今では法皇の足へと進んだ。

王様たちが足から始めるのが近道だと考えるのなら、

恋人たちだってそうしても構わないはずだ。

天球が鳥より速く動けるのは遮るものがないからで、

鳥には空気が抵抗している。人も天球と同じように

この空虚な天空の道を行くことができる、

美の元素に迷ってぐずぐずしなければ。

裕福な自然の女神は賢明にも女に

二つの巾着を与えたが、その口はそれぞれ逆を向いている。

そこで、下の口に貢物の義務を負うものは、

大蔵省が見張っている道に向かって進まねばならない。

そうしない者は、大きな過ちを犯すことになる。

浣腸器を使って胃に食べ物を注ぐようなものだ。

 

 

【訳注】

この詩は、1633年の版では出版の許可が下りなかった。

A. J. Smithによれば初出は、1654年の’The Harmony of the Muses: or, The Gentlemans and Ladies Choisest Recreation’、そして1669年のダンの詩集の版で初めて含まれたとある。C. A. Patridesによれば、1661年の’Wit and Drollery’の中で初めて出版されたとある。

 

注:1 生まれたばかりの仔熊はまだ形の定まっていない肉の塊で、母熊が舐めることによって形ができていくと考えられていた。

注:2 『ロミオとジュリエット』のロミオの台詞、「哲学でジュリエットが作れるか」(‘philosophy can make a Juliet’; 3.3.57)を思い起こす。

注:3 天球にはキューピッドという名の星は存在しない。

注:4 プルトンはギリシア神話の冥界の神であるが、「黄金と業火」は、冨の神であるプルートスにも重ねられたイメージ。キューピッドをそこに探し求めるのは、彼がその報酬に金貨と心にともる火を要求することによる。

注:5 地獄の神に捧げ物を洞窟に置くのは異教徒の風習であった。

注:6 第一子午線については、ダンは幸運の島であるカナリー諸島を走っていると思っていた(C.A. Patrides)。

注:7 幸福の島々とは、第一子午線が通るカナリー諸島の旧名。

注:8 セイレンはギリシア神話の半人半鳥の海の精で、美しい歌声で船乗りを誘い寄せ、船を難破させた。

注:9 デルポイはアポロンの神殿にあり、難解な神託で有名な神託所。

注:10 セストスとアビドスはヘレスポント海峡の両岸にある都市で、二人の恋人、ヒアローとリアンダーのそれぞれの故郷。

注:11 悪魔の足は文趾蹄のため偽装できない。

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー