エレジー 16  彼の恋人に  ダンの部屋トップへ戻る

 

僕たちの不思議で運命的な初めての出会いにかけて、

その後に続いたあらゆる欲望にかけて、

僕たちの長い間満たされぬ希望にかけて、

僕の男らしい説得力ある言葉が君に起こした

同情心にかけて、また、スパイや恋敵が僕を脅して

傷つけた記憶にかけて、

僕は穏やかにお願いする。だが、君の父上の怒りにかけて、

君の不在と別離の苦しみのすべてにかけて、

折り入ってお願いする。僕と君とで固く結んだ

互いの節操を守るすべての誓いを、

僕はここに破棄して、あらためてこう誓う、

君にそのように危険なやり方で愛すことはさせないと。

ああ、美しい恋人よ、愛の激情を抑えてほしい、

変装して僕の小姓になるのではなく、僕の忠実な恋人であり続けてほしい。

僕は出かける。君の思いやりのある許しを得て、君をあとに残していくが、

君だけが、僕が戻ってくる渇望を心に抱くただ一人の

価値がある人。僕が戻る前に君にもしものことがあれば、

きっと僕の魂は異郷の地から君のもとへ舞い戻ってくる。

(他の点では全能だが)君の美しさも荒れ狂う海を

鎮めることはできず、君の愛も海に愛を教えることができない、

また、北風の神ボレアスの怒りも抑えることができない。

君は読んだことがあるだろう、ボレアス注:1が愛を誓った

美しい妖精オレティア注:2を、荒々しく粉々に砕いた話を。

吉凶かまわず、自ら進んで危険に身を任すなど

気違い沙汰だ。別れ別れの恋人は

お互いの心にいるといううぬぼれを糧にして生きるのだ。

何事も偽ってはならない、少年の装いをやめ、

君の身体も、心も、その装いを変えてはならない。姿を変えても

誰もが君だと分かる。君の顔を見れば誰もが

恥じらいで顔を赤らめた美しい女性と見抜くだろう。

猿が人真似をして着飾っても、猿は猿でしかなく、

月は欠けても明るく輝く月に変わりはない。

フランスの男たちは、カメレオンのように次々と変心し、

性病の百貨店、流行の専門店、

恋の火付け役、それに遊びの達人、

世界を舞台にして活躍する役者となって、

君をすぐにも見分け、君と関係を持つだろう。ああ、それに

男も女も無差別に手を出すイタリア人は、僕らが

かの温暖な地を通過するとき、君の男装した小姓の姿に満足し、

激しい欲情と激情とで君を襲うだろう、

まるでロトの客人を悩ましたように注:3。だが、この国の誰も、また、

海綿のように酒を吸い込む水腫病みのオランダ人も、君を不快にさせることはない、

君がここに留まりさえすれば。だからここに居たまえ、君にとっては

イングランドこそ唯一ふさわしい居場所、

そこでなら、偉大な国王が君を御前にお呼び出しされるまで

心待ちに歩き回ることができる。

僕が行ってしまったあと、僕の幸運を夢見てほしい、

僕たちが長いこと秘めていた愛を君の顔に出さないように、

それに、僕を褒めたり、貶したりもせず、愛の力を人前で

祝福したり、呪ったりもしないように、また、真夜中に

寝床で叫び声をあげて、乳母を驚かせないように。

「ああ、乳母や、私の恋人が殺されてしまった。あの人が

ひとりでアルプスを越えていくのが見えたの。あの人が

襲われ、戦い、捕らわれ、刺されて血を流し、倒れて死ぬのが見えたの」

僕にはもっとましな運命を占ってほしい。畏れ多いジュピターが

君の愛を得ただけで僕には十分だと思うなら話は別だが。

 

【訳注】

1633年の出版では許可が下りず、最初に出版されたのは1635年の版であるが当局の許可なしであった。

注:1 ボレアスはギリシア神話に出てくる北風の神。

注:2 北風の神ボレアスは、妖精のオレティアとの結婚を彼女の父親から断られたので、彼女をイリソス川(アテネ南部を流れる小さな川)から連れ去った。別の神話では、ボレアスとオレティアは一緒に幸せに暮らし、数人の子どもを産んだようになっているが、プラトンは、ボレアスが彼女を崖から突き落として殺した物語に変えている。

注:3 ロトは彼の家に二人の天使をもてなしたが、ソドムの人々が二人を引き渡すようにと彼の家を取り囲み、引き渡さなければ彼を身代わりにすると脅した。(『創世記』19章4節)

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー