本当のところ、誰に対しても害になるような詩を書くつもりはない、
君主にも、愚人にも、寝とられ亭主にも、乞食にも、騎士にも、
和解を勧める弁護士にも、代訴人にも、勇気のある
更生した、あるいは退役した隊長にも、悪党にも、
役人にも、手品師にも、治安判事にも、
陪審員にも、裁判官にも、豚の脇腹の脂肪をつつくようなことはしない。
私は中傷者でもなければ、そうなるつもりもない、
だが、(正直者として言えば)そういった人間が多い。
私は口頭判決を恐れることはない。私の話で
伯爵や顧問官が顔を赤らめたり、青ざめたりすることはないから。
ひとりの市民とその妻が、先日
一頭の馬に二人乗りして出かけているところを
私は追い越した。女は陽気な美人で
(見たところ)けっこう色好みにふさわしいものだった。
その好色そうな市民が後ろを振り返って
妻の唇に素早く音を立てて接吻した。
それを見てその男が親切そうだと判断したのは、
後ろの妻と接吻するため自分が前に乗っていたからで、
私は彼と近づきになりたいものと、
立派な人にふさわしい話題を探し始めた。
疫病死者記録に載った人の数を尋ね、
関税取立人は相変わらず頑張っているか、
ヴァージニアの(注:1)入植計画の進み具合や、海賊ウォード(注:2)の
地中海交易の妨害の首尾や、
新設の株式取引所(注:3)が繁盛して、
王立取引所は恥をかくはめになりそうか、
新しく造られたオールドゲートの城門(注:4)やムーアフィールドの十字路の様子、
破産や貧乏人の商人の損害への準備は怠りないか、
彼に話すように促してみたが、彼は
(最後の一着のスーツまで着古した老いた宮廷人のように黙って)
ああとか、うんとか答えるだけだった。ついには
(彼の性格に合わせて)話を、商売人の儲け話に
話題を移した。すると、彼は舌も滑らかにしゃべり始めた。
ああ、旦那(と彼は言って)、いまじゃ
宮廷もシティも商売上がったりですよ。それを聞いて彼女は笑い、私も笑った。
(心の内では)二人は同じ思いで彼が嘘をついている
と思った。彼が構わずつづけて、
現在の状態をののしるその顔は、
恐ろしく思うほどだった。彼が称賛したのは
我がエセックス伯(注:5)の時代のみで、あの時は
行動の時代であったという。まったく(と彼は言い)、
いまでは、勇気に逸ること大にして、
熱しやすくも、冷めやすく、
支払いとなると及び腰になる。
いまシティで幅を利かしているのは
美人局(つつもたせ)に、居酒屋のおやじ、売春婦、それに金貸しだ。
独占販売権を与えられた貴族や、徳政を新たに受けた輩が
増えたおかげで、あとはみな貧しくなった。
初めて特権を得た時には、
多くのものは公正を口にするが、誰ひとり
正義の会計官になるものはない。こんなふうに彼は
怒りをぶちまけるのを続けたが、彼の暴言には
正当性があるように思えず、反逆罪を心配して冷や汗が出た。
(ほんとうに)そうならないかと心配した。
賢明なる市長閣下、ならびに彼の賢明なる同胞のお歴々を
お守りくださいとお祈りをする時、誰ひとりとして
信仰心を持ってアーメンと唱える者はいないと彼は言うのだ。
赤面するような彼の話から逃れようとした矢先、
(うまい具合に)天使が登場した。
それはみなが好んでよく行く酒場の派手な看板で、
そこは多くの市民が女房と連れだってよく出かけては
歓待されたところだった。そこで彼に誘いの声をかけた、
ここらできつけに一杯やりましょうと。
すると彼は(彼の希望である)黄金を隠し(注:6)、
戻ってみたら縄が一本あるだけだったというような顔つきで、
私のことを見て、断って去ろうとした。
彼の妻が疲れたから休みたいとお願いするのも構わずに。
私は自分の失敗に気づいて、別れの握手をし、
(今後ともお付き合いしたいのでと)彼の住所を尋ねた。
彼は一杯やろうと約束をして、通りの名前だけ言った。
だが、親切な彼の妻が正確な目印を教えてくれた。
【訳注】
1635年初出。ヘレン・ガードナーはこの詩をダンの作品ではないとする。この詩は1609年に生じた事柄に言及しており、その頃に書かれたものであろうという。
注:1 ヴァージニアの入植計画は、イギリスの植民地として、商人やその他の人々が手を組んで株式会社を形成して進められた。ギルバートとローリーによって始められた計画は、1609年に再編成されて、シティでその株が売りだされた。
注:2 海賊ウォードは、17世紀初頭、地中海でヴェニス人の交易を襲った悪名高い海賊。
注:3 新設の株式取引所は、グレシャムが1568年に創立した王立取引所に対抗して1609年に創設された。
注:4 古くなったオールドゲートの城門は1606年に取り壊され、1609年に新しく建て替えられた。ムーアフィールドの十字路は、1606年、ムーアフィールドの湿地帯に造られた。
注:5 エセックス伯は1601年、反乱の罪で処刑された。
注:6 ある男が黄金を隠し、そこに戻ってきてみたら、縄が一本あるだけだったので、男はその縄で首つり自殺をしたという古い逸話のエピグラムがギリシアのアンソロジーにあり、作者はプラトンであるとされている。
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