エレジー 11 腕 輪 ジョン・ダンの部屋トップへ戻る

 

恋人の鎖を失くし、それを弁済することについて

 

それが君の髪の色に似ているからではない、

髪の毛の腕輪など、君は、僕にいつでも付けさせることができる。

また、君の手がそれをよく抱いては口づけしたからでもない、

そのような幸福を、よく思い出しては懐かしんだ。

また、あの愚かで古めかしい教訓に、

つまり、あの鎖の輪のように、僕たちの愛も結ばれたいからではない。

僕が君の七重の鎖を失くしたことを悲しむのは、

その不幸のためではない。高い代償のためなのだ。

ああ、十二枚のエンゼル金貨よ、おまえたちはこれまで

はんだで不純物を水増しされたこともなく、

また、どんな不正によっても、

最初に鋳造された状態から損なわれることがなかったのに、

エンゼル金貨たちよ、神がおまえたちに命じて、すべてのものを

僕が賄えるようにし、僕の忠実な案内人となって、

新しい友人を獲得し、敵を宥め、

寝ている時も起きている時も、僕の魂を慰めてくれるようにした。

なのに(恐ろしい判事の)君の宣告によって、この十二枚の罪のない者たちが

僕の大きな罪を背負わねばならないのか?

彼らは地獄行きとなって、炉に投げ込まれ、

自分たちが犯した罪でもないのに罰せられるのか?

彼らが地獄で焼かれ、鎖に縛られようとも、

僕を助けることも、僕の苦痛を和らげることもできない。

彼らがフランスのクラウン金貨注:1だったら、僕は平気だ、

というのは、その大半が、母国の病原菌をかかえ、

蒼ざめ、片端となって、痩せこけ、ぼろぼろになって

この国にやってくるからだ。

フランスの王様はキリスト教徒ではあるが、

クラウン金貨はたいていの場合、ユダヤ人のように割礼を受けている。

また、彼らがスペインの通貨で、常に世界を旅してまわり、

そこの王様のようにカトリック教徒となろうと、

母熊に舐められずに形の整っていない子熊のように、不揃いなピストル金貨は、

大砲の弾よりは役にも立ち、敵の防御にはなるが、

それは、無造作に角を残したままで、

正道を外させ、自然の道を捻じ曲げようとする

傲慢な魔術師の本にあるような

多角形をした幾何学的図形のように見える。

魂が、頭や、手足や、心臓を活気づけるように、

川の流れが、血管のように、大地の隅々まで流れ、

あらゆる国を訪れるように、ピストル金貨注:2は、悪賢く立ち回っては、

華美なフランスを崩壊注:3させて、ぼろぼろに衰退させ、

国家の体をなしていなかったスコットランドを一日で国家に仕立て、

十七の頭(かしら)を持つ注:4ベルギーを分割した。

あるいは、各々の鉱物から

微妙な火で魂を引き出した金だと信じる

全能な錬金術師が、不当に、絶望的なまでに

騙されるような黄金であったなら、

その火を消すために僕は唾を吐いたりしないだろう。

なぜなら、それらは憎むべき罪の産物だから。

だが、どうして罪のない僕のエンゼル金貨が消えなくてはならないのか?

僕の護衛、僕の安らぎ、僕の命の糧、僕のすべてを失わなくてはならないのか?

金貨が育むはずであった希望も死んでしまう。

僕の有望な若さも、活力も

消え去ってしまう。愛しているなら、金貨をそっとしておいてくれ。

金貨がなくなれば、君の僕への愛も冷めるから。

擦り切れてボロボロになったグロート銀貨注:5一枚で喜んで雇われ、

悪魔のように大声をあげながら町中探し物を触れまわっては

拾得者の良心を痛める

キンキン声の触れ役人を雇うことができたら、それで満足してくれ。

でなければ、僕が自分であの恐ろしい占星術師の処にこっそりと出かけよう。

彼は沢山の紙に奇妙な天象図をいっぱい描き込んでいる、

それには天国がいくつもの部屋に仕切られ、

彼の貸し部屋には、売春婦、泥棒、人殺し達を詰め込んでいるので、

部屋はいっぱいで、罪の深さでは彼らの誰にも負けないというのに、

彼が入る部屋は残っていない。

だが、彼が持てる術と時間を使い果たしたあげく、

探し物は見つからないだろうと言っても、我慢してくれ。

不平を言わずに、その悲運を受け入れてくれ、

占星術師は運命の代弁者なのだから。

(ああ)君は言う、金貨はたとえ変えられて

鎖にされようと、金は金だと。

最初の堕天使には、知恵と知識もまだ

残っていたが、それも悪用された。

これらの金貨も立派に務めを果たし、必要なものを

揃えてくれるはずだったが、今では君の傲慢の肥やしとなった。

天使は堕落しても天使だが、僕の天使はなくなるのだ、

形あっての存在なのに、その形がなくなるのだから。

僕のエンゼルを憐れみたまえ、その尊厳は

力天使、能天使、権天使にも勝っている。

だが、君の決心は揺るがない。君の思いが果たされんことを。

母親が一人息子を飢えた墓に

葬るような苦痛をもって、

僕はこれらの殉教者たちを火に委ねる。

万物に生命を授ける善良なる魂よ、

良い知らせをもたらす善良なる天使たちよ、

おまえたちだけを愛して敬うような

そんな人物と出会う運命もあったであろうに、

おまえたちの数を減らすくらいなら、自分が

飢え、まる裸となって、死ぬことをも厭わぬ者に。

僕はおまえたちを滅ぼす悲しむべき罪人ではあるが、

残り少ないおまえたちの連れが、少しでも長く僕と一緒にいることを願う。

それにしても忌わしい発見者よ、おまえを憎むあまりに

哀れと思うほどだ。

金はすべての金属の中でも最も重いといわれる、

ならば僕の最も重い呪いがおまえに降りかかるがいい。

この世では、手枷、足枷をされ、鎖で首を括られ、

あの世では、地獄の苦しみに苛まれるがよい。

あるいはまた、外国の金貨で買収されて祖国を

裏切り、失敗したあげく、報酬をもらい損ねるがいい。

次におまえが拾い上げる物が毒を含んでいて、

その素早い効き目の毒気がおまえの湿った脳みそを腐らせるがいい。

あるいはまた、中傷文書や禁書などを 

不用意に所有して、破滅を招くがいい。

淫欲に育まれた病で腐るがいい。うずうずする欲望は

あっても、やる能力がなくなるといい。

金貨が産み出したありとあらゆる不幸、

悪魔どもが考えついたあらゆる災難が降りかかるがいい。

飽食の後には空腹が、老いては貧乏と痛風が、

旅に出ては疫病が、恋愛の末の結婚が

おまえを苦しめ、人生の最後に当たっては

膨れ上がった罪の数々がおまえの前にその姿を現わさんことを。 

だが、おまえを許そう。おまえが悔い改め、正直になるなら。

金貨は健康を回復させる薬、だからそれを戻してほしい。

だが、それは心臓に効く薬だというので、

手放すのが嫌なら、君の心臓に効き目があればよいと願う。

 

【訳注】

この詩は1633年の出版には許可が下りず、1635年に初めて出版された。

William Drummond(1585−1643)によれば、Ben Johnsonがダンを’the first poet in the world in some things’と称賛したとき、この詩を暗記していると語ったという。

 

注:1 フランスのクラウン金貨=フランスとクラウン金貨はフランスからもたらされた梅毒と関連付けられている。

注:2 ピストル金貨=スペインの金貨で、現代でいえばアメリカ・ドルに等しい通貨。ここでは「銃」の意味も含まれている。

注:3 フランスの崩壊=フランスは宗教戦争によって疲弊していた。

注:4 十七の頭を持つベルギー=1580年代初め、プロテスタントのネーデルランド北部連合州はベルギーから分離し、南部の州はスペインによって再征服されてカトリック教国となった。

注:5 グロート銀貨=17世紀まで流通していた英国の4ペンス銀貨。

 

 
 
   
ジョン・ダン全詩集訳 エレジー