8 シェイクスピアとダンをめぐるパラドックスの世界

 

その1 1593年は詩の全盛期

エドマンド・ゴスの『ダンの伝記と手紙』によれば、1593年という年は、詩の全盛期で、唄とソネットの流行の絶頂期の時期で、エドマンド・スペンサーの全盛期のときでもあった。また、1593年という年は、詩人で、劇作家のマーローが死んだ年でもある。

その頃のダンは、1592年5月にリンカンズ・インに入学し、1593年5月には、弟ヘンリーが、セイヴズ・インの自分の部屋に神学生のウィリアム・ハリントンを匿った罪でニューゲートの監獄に投獄され、そこで病気になって死ぬという不幸な出来事があった。

ダンの『唄とソネット』の一連の詩(全部で55篇)、および『エレジー』、『諷刺詩』の大部分は、1593年から1600年にかけて書かれた。だが、ダンはそれらの詩を出版することはなかった。

シェイクスピアの『ソネット』も大体同じ時期、1590年代半ばに書かれたというのが通説である。

1572年生まれのダンは、その頃20代であり、1564年生まれのシェイクスピアは30代である。

詩人としてのシェイクスピアとダンを、その時代の風潮でもあったパラドックスという観点から見てみたい。

劇場人としてのシェイクスピアは、演劇の上演に対する社会的制約、すなわち検閲という制度の下で、社会的風刺や批判を直接的表現することは許されなかった。

それは詩の出版においても基本的には異ならなかった。演劇と同じように特に聖職者からの批判、攻撃が厳しかった。

1599年6月1日、カンタベリー大司教のジョン・フィットギフトとロンドン司教のリチャード・バンクロフトによって、諷刺詩とエピグラムの出版禁止令が出された。その禁止令によって、ジョセフ・ホールやジョン・マーストンの風刺詩集が他の詩人の作品とともに、ロンドン司教の法廷で焼却された。

1ダンの『諷刺詩』や『エピグラム』も出版されていたら、同じ運命をたどるところであった。ダンの死後、諷刺詩5篇は1633年に初めて出版されるが、当初は検閲で出版の許可が下りず、一部を削除してやっと許可されている。

詩人としてのダンは、前半がパラドックスの詩人として、後半が魂の詩人として呼ぶことができるのではないかと思う。いずれにしても、ダンの場合その詩の特色がはっきりと出ていて色分けができるのが特徴であるが、シェイクスピアの場合、その詩は戯曲と同様に内包された部分が大きく、単純ではない。

シェイクスピアのソネットは、表向きは青年への美の賛美詩であり、青年の美を伝えるべく結婚を勧める詩であるが、その中身は多様性に富み、美と生殖、結婚と永生、生の充実と自然の豊饒など、数々のテーマが含まれている。そして後半のダ―クレディのソネット群とあわせて全体をみるとき、ソネット全体が大きなパラドックスに思われる。

それは、ダンの散文集にある「パラドックス」を読むとき、特に感じる。

その2 ダンに見るパラドックス

ダンの初期散文集『パラドックスと諸問題』は、彼の詩と同様生前に出版されることはなかったが、ダンの初期の詩とほぼ同じ頃に書かれている。彼のパラドックスについて直接ふれてもらうために、その中の一篇、『女性の「移り気」に対する弁護』の全訳(高木拙訳による)を紹介する。

 

女は移り気であるということ、そして「移り気」は良くない性質であるということに反論する。

すべてのものは変化する。天は絶えず回転し、星は移動し、月は変化する。火は渦巻き、空気は流れ、潮は満ち干する。大地の表面はその姿を変化させる。時は留まることがない。色明るければ、染まり易く、人においても最も理性ある者ほど、変わり易く、暗くて無知な者ほど変化は稀である。したがって、女は男より変わり易いがゆえに、男より理性的であるといえる。女性は、木の幹や、岩、大地の中心のように不変でありえない。     

使われない鉄は錆びる。澱んだ水は腐敗する。流れぬ空気は毒される。ならばどうして女性を不完全なものとして責め立てるのか。

それは女が男をそれで欺くからにほかならない。

諸君の知性は君らの期待を裏切る次のジョークが気に入らないだろうか。欺かれて困難な立場に陥ることを喜びとし、この世で最も素敵な遊びは「裏切り」であると。

私は、諸君が貞節で、下着を絶えず着替えるような調子で心を変えることもなく、不品行など目にすることもない、志操堅固な恋人を持てればと願っている。「移り気」は最もほめるに足る、りっぱな性質である。女性はこの性質において、天や、星、月、それに地上のいかなるものに対しても、絶対的な立場にある。長い観察の結果、女性の気が変わりやすいというのは確かなことである。

識者は恒星、星座、惑星に通じていて、そこから性格だけでなく、天の意味するところを読みとるができる。どんな愚かな連中でも月の変化を予言することができるが、私としては女性の心の変化を読み取ることのできる学識者が欲しいところである。

学問は女性の心を裁定する知識に乏しく、その法則にも欠けている。科学の教えでは、軽い物は上に昇り、重い物は下に沈む。反対に経験が教えることは、「軽い女」の性質はすぐに倒れることであり、女性の性質はすべての人工と自然と反するものである。

女は、我々の食卓に同席して食事する蝿のようなものであり、我々の血を吸う蚤のようなものでもある。無遠慮も構わず我々の秘密の場所から去ろうともせず、親しく交わっても、飼いならされることもなく、我々の指図も受けることもない。

女性は太陽のようでもある。激しく一方の道を進んでは、正反対の方向に進路をとる。高圧的で手に負えないような夫の支配に屈するように見えても、夫の知らない意向を抱いている。好みのうるさい性質を知ろうとすることは疲れるだけである。

女性はその巧みな変わり身と、人を喜ばす二重性で反感を防ぎ、よく分からないだけでなく、ますます不可解となる。すべての女は「学問」である。生涯をかけて女というものを研究する者は、最後には女についての知識不足を覚ることになる。

女性は知性の驕りと、知識の名誉心を罵倒し、女を大胆にも口説こうとする愚かな者を賢者にし、骨折り損だと考える賢者を虚仮にする。知性の高い者は不確実性に困惑して気も狂わんばかりである。

哲学者たちは他のすべてのことで得た知識の結論から、価値観からではなく悪意から、女性を批判的に書くが、それは彼らが女性について何も知らないだけでなく、単に無知なだけである。行動的で経験豊かな男たちが女性を毒づくのは、すべての美点が失せて生気のない年老いた時に愛するからである。

こういった悪意のある中傷者たちが女性に不都合なバラッドを作るのは、彼らが女性の愛を得るのに値するものをなにも持たず、自分が得ることができないものに悪意を持ってけなすことしかできないからである。このような連中は、自分が受け入れてもらえず、見捨てられると、「移り気」を大いに貶し、ののしることができるのは、物知りであるからと人に信じさせようとするものだ。

私の考えでは、そんな連中は女性が移り気だからこそ幸せと言うものだ。彼らが美しい女性から愛されるチャンスに恵まれるのは(彼らにその順番が回ってきたとき)、彼ら自身の価値からではなく、女性の移り気、変わりやすさからである。

男は一人だけではないのに、女が一人の男に固定されなければならない理由など、どこにあるだろうか。女にとって、一人の男のいくつかの美点を味わうより、あらゆる美点をいろんな男から味わう方がよほど正しいことであり、そうしなかったら、一つの皿に色んな種類の肉を切り刻んで一緒くたにしたようなもので、味を損なうことになる。一人の人間にあらゆる美点があるとすれば(そんなことが可能だとしたら)、それは混乱と雑多でしかない。

頑なに女性の価値を軽視し、女性の素晴らしさを十分に理解しようとしない者を除いて、女性を除くすべてのものを服従させることができ、あらゆることに賢明になることができるのに、女性に対していつまでも愚かなままである男の中で、女性は最も素晴らしい創造物であることを否定できる者などいるであろうか。

最も優れた学者も、一旦妻を娶れば、無学をさらけ出し、角本(注1)を手引きにして「移り気」を学ばなくてはならない。

故に、結論。この「移り気」という名前は中傷で毒されているので、「多様性」という名に変えるべきである。この世は多様性のゆえに楽しく、女は多様性のゆえにこの世で最も魅力的なものである。

 

注1:角本(つのほん)は、昔の小児用教本で、アルファベットなどを書いた紙を板に張り付け、透明の角質の薄片で皮膜を施した。角本の名は、この角質の張り皮に由来する。

 

ダンの詩は、この散文にも見られるように、一読してそのパラドックスを感じることができるが、シェイクスピアの場合、巧みに表現されているので、ソネットの一篇一篇がそうであるというより、全体を通してみたときにパラドックスを感じる、というのが私の個人的な感想である。

次回より、シェイクスピアのソネットに見出すダンとの類似性について考えてみたい。

 

ページトップへ

 

 
 


雑司が谷シェイクスピアの森