4 シェイクスピアとダンに見るこの世の「牢獄」

 

その1 「デンマークは牢獄だ」

 

Hamlet Denmark’s a prison.

RosencrantzThen is the world one.

HamletA goodly one, in which there are many confines, wards, and dungeons; Denmark being one o’th’worst.(Hamlet 2.2.234-37)

ハムレット デンマークは牢獄だ。

ローゼンクランツ それでは全世界が牢獄ということに。

ハムレット そうとも、りっぱな牢獄だ。そのなかには独房もある、留置場もある、地下牢もある。だが最悪の一つがデンマークだ。 (小田島雄志訳)

 

デンマークは、今ハムレットがいる場所である。自分のいる場所が牢獄であるという考えは、ハムレット、いや、シェイクスピアだけの専売特許ではないようだ。

ジョン・ダンの『諷刺詩』(Satires)は、おおむね1593年から1598年にかけて書かれたものであるが、『諷刺詩 1』において、この「牢獄」という言葉が詩の冒頭部分に早くも現れる。

 

‘Leave me, and in this standing wooden chest,

Consorted with these few books, let me lie

In prison, and here be confined, when I die;’ (Satire 1; 2-4)

 

僕を放っておいてくれ、この据え付け家具のある書斎で、

わずかばかりの本に付き添って、寝るときは

牢獄とし、死ぬ時にはここを僕の柩としよう。

 

この詩の内容から見て、ダンがリンカンズ・インの学生であった時の1593年、ダンが21歳の時の作と考えられるが、ここでダンは自分のいる場所、すなわち法学院の家具付き学生寮の部屋を牢獄として見ている。

ローゼンクランツの「全世界が牢獄」ということについては、ダンが1608年から1609年にかけて書いたと思われる『宗教詩』の中の『連祷』の15章に通じるものがある。

 

this earth

Is only for our prison framed,(A Litany XV, 130-1)

 

          この世界は

  我々の牢獄のためにのみ造られている、...。

 

その2 我々は牢獄に閉じこめられた囚人である

 

ハムレットにしてもダンにとっても、狭く考えれば今自分がいる場所が牢獄であるが、広く見ればこの世そのものが牢獄であるという考えである。

ダンのこの考えが一時のものでなく、一つの思想、一つの信念、あるいは広く世間一般に通じる通念でもあったと言えるのは、ダンが世俗の栄達を諦め聖職に就いた時、彼の説教の中にもその考えが説かれるからである。

1619年、ニューマーケットで国王ジェイムズが重病であった時、復活祭の聖餐式で諸卿を前にしての「生きている者は必ず死ぬ運命にある」という聖書の『詩編』をもとにした説教で、この牢獄という表現が用いられている。

 

We are all conceived in close Prison; in our Mothers wombs, we are close Prisoners all; when we are born but to the liberty of the house; Prisoners still, though within larger walls; and the all our life is but a going out to the place of Execution, to death. (注1)

 

我々はみな閉じられた牢獄にいる。母の胎内で、我々はみな閉じ込められた囚人である。我々が生まれ出てきたところで、それは家の中の自由に過ぎない。依然として我々は囚人であり、より大きな壁の中にいるに過ぎない。我々の命は、すべからく、死という処刑場に向かって進むだけである。

 

つまるところ、この世は牢獄である。我々は、その牢獄の中で、一歩一歩、一日一日と、死に向かって進んでいるに過ぎない。

ダンのこの詩と説教を読む時、ハムレットが「デンマークは牢獄だ」と言った心境を理解できるような気がする。

「閉じこめられた囚人」に類似した比喩的表現は、同じく『ハムレット』のなかで、劇中の王妃の台詞にも出てくる。

 

To desperation turn my trust and hope,

An anchor’s cheer in prison be my scope,(Hamlet 3.2.200)

 

 絶望が希望にとってかわると、

 たとえこれからの日々が獄中の囚人に似たものであり、(小田島雄志訳)

 

 ダンにとって牢獄は単なる比喩でなく実体験でもあった。1602年、ダンはアンとの秘密結婚を彼女の父親に告白し、そのため告訴され、フリーゲート牢獄に投獄されたのだった。

 

(注1)John Donne’s Sermons on the Psalms and Gospels, edited by Evelyn M. Simpson, University of California Press, Second Paperback Printing 2003, p.29)

 

 

 

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